●SPRING●





塔矢が髪を伸ばし始めたのはいつ頃だったかな。

18?

いや、確か19だった。


もうすっかり伸びて、腰近くまである彼女の髪。

真っ黒でさらさらしてて…近くにいると風がそこから発せられるいい香りをオレの鼻にまで運んできてくれた。

綺麗。

触りたい。



「…ん?なに?進藤」


先の方にちょこっとだけ触れただけなのに、塔矢が振り返ってきた。

こんな端にまで神経が行き通ってるのかな…。


「…別に。ちょっとゴミがついてただけ」

「え?」

「もう取れたからから」

「…ありがとう」


そう言って、塔矢はまた前を向いた。

前には…彼女の大好きな碁盤がある。

一人で棋譜並べをしていた。

本当はオレと打ちたくてオレの部屋にまで押しかけてきたんだが、オレが断ったんだ。

窓が開いている、春の日差しと風が気持ちいい和室で、今はオレと塔矢の二人きり。

オレは畳に寝そべってマンガを読むふりをして、彼女をずっと盗み見していた。


ふと、碁石を置く音が止まる。


「…ここ、キミならどう打つ?」

「言っただろ?今日は打たないって。一日碁のことは考えない日なの」

「……そう」


諦めて、また前を向いて打ち始めた。

よいしょっと、オレは体を起こした。


「オマエ…いつまでいる気?棋譜並べだけなら家でも出来るだろ?」

「…邪魔?」

「…別に」

「…この棋譜が終わったら帰るよ。キミは打つ気にはならないみたいだし…」

「……あっそ」


塔矢の背後に回って、今度は堂々と――彼女の髪に触れた。

掴んで、束ねて、指を通して、くるくる手に巻き付けたりもしてみた。

当然塔矢は睨んでくる。


「なに遊んでるんだ…」

「別に。昔と比べたら伸びたよな〜って…思って」

「伸ばしたんだ」

「なんで?」

「……別に理由なんか…」

「好きな男にでも言われたか?長い髪の方が好きだって」

「え…」


途端に頬を赤く染めてきた。


意地悪く、

「オレも長い方が好き」

とか言ってみる。


「…知ってる」


オレも、オマエがオレの好みを知ってるのを知ってる。

コイツが髪を伸ばし始めた19の時。

オレと塔矢はとある雑誌の取材を一緒に受けた。

普通のファッション誌だったから、『好みのタイプは?』とかいう軽い質問もあった。


「髪の長い女の子」


当時はまだ塔矢に気持ちを知られたくなくて、ついコイツと正反対の容姿を言ってしまったんだ。

まさかそれから塔矢が髪を伸ばし始めるなんて…思いもしなかったけど。

でも、伸ばし始めたってことは、ある意味オレへの告白…になると思わない?



「……進藤?」


彼女の髪にそっと…口づけた。

やっぱりいい香り…。


「…今日は碁を打つ代わりに、オマエとしたいことがあるんだ」

「え?なに…?」

「…恋人ごっこ」

「…ごっこ?」

「嘘。普通の恋人」

「……」


塔矢の顔が更に赤くなった。


「…普通の恋人って、なにするんだ?」

「そうだな…まずは恋人になるところから。『好きだ』って伝える」

「じゃあ僕は…『僕も』って答えればいいの?」

「ああ。で、キスする」


顔を少し傾けて…彼女の頬に触れて…口を少し開けて…そして目を閉じて――キスをした――


「……ん……っ」


柔らかくて柔らかい唇だ。

生まれて初めてしたキスに、余裕をぶっこきながらも実は心臓がドキドキのバクバクだった。

でも止まらなくて…重なって啄むだけのキスじゃ物足りなくなって。


「…ん…っ、ん…ん…っ、…ふ…」


次第に深く深く交ざっていった――




「―……は…ぁ、…進…ど…」

「塔矢…好きだ…。ずっと好きだった…」

「僕も…」

「長い髪が好きとか…嘘ついてごめん。本当はオレ…」

「嘘…?もしかして嫌いだった…?」

「いや、そうじゃなくて……オマエの髪だったら…長くても短くてもどっちでも好きっていうか…」

「え…?」

「でも、だからといって切るなよ!今のすげー綺麗だから勿体ないからな!」

「うん…分かった」


もう一度、彼女の髪に口づけた――




「…と、風…冷たくなってきたな。窓閉めるな」

「うん…」


立ち上がって窓に近づくと、外の景色がよく見えた。

川の両端に沿って植えられた桜。

もうすぐ満開だ。

春って感じ。

季節も、そしてオレの頭も。


「今度の休み、花見デートしようぜ」

「いいね。でも次のキミと僕の休みが重なる日って…たぶんGW明けだよ。春は何かとイベントが多いから…。桜はもう散ってるね」

「…そうだな。じゃあ…やっぱ今しかないな」

「え?」


塔矢の手首を掴んで、玄関に走っていった。

そしてさっき見た桜並木までも走って行こう。

桜の下で、もう一度愛を囁きあうんだ。


「好きだ」って。

「僕も」って。


で、普通の恋人はさ、次は部屋に戻って…いちゃいちゃしながら愛を確かめ合うんだぜ♪


オレらにも、やっと春が来たみたいだ―――









―END―











以上、春の小話でした〜。
最近髪がロングのアキラさんに萌えてます(笑)
真っ黒で真っ直ぐの、超サラサラストレートなの!
着物とか超似合いそう><
で、そんなアキラさんの髪にメロメロなヒカル君。
夏になって、暑いから…という理由で切ろうとするアキラさんを必死に止めそうです、ね。
でも結んでたら、オカッパより涼しいと思う…。