●SINGLE MOTHER●
恋人である進藤が麻疹にかかり、しばらく休場することになったのは、3月が終わろうとしていた頃だった。
大人になってからの麻疹はタチが悪いと聞く。
事実進藤も何日も高熱が続き、入院を余儀なくされたとか。
その間僕は一度もお見舞いに行かなかった。
それは進藤に『絶対に来るな!』と止められたからでもある。
うつったら困る、絶対の絶対に来るなよ!来ても会わないからな!――と。
なのに――
「別れよう」
5月になって復帰した彼に僕は別れを告げられてしまった。
「どう…して…」
「だってオマエ全然見舞いに来なかったじゃん!恋人が苦しんでるってのにたった一度も!」
「だってそれは…キミが…」
「でも普通心配で来るもんだろ?こんな薄情な女だと思わなかった!見損なった!」
「なっ…」
「オレもっと優しい女と付き合うことにするから。オマエとはただのライバルに戻る」
さよなら――と彼は一方的に僕を振った。
……ふざけるな。
僕がどれだけ心配したかも知らないで。
キミがどうしても来ないでくれと電話で懇願してきたから……僕は仕方なく我慢したのに。
いや、いつもの僕ならそれでも、例え彼に何と言われようが看病に駆け付けたことだろう。
行かなかったのは…もう僕の体が僕だけのものではないと知ってしまったからだ。
今9週目。
絶対に薬は飲めない、絶対にうつってはならない時だったから。
でもそのことを進藤に告げる間もなく、僕は彼にフラれてしまった。
「へー、娘さん莉子ちゃんって言うんですかー。一人で育ててるなんてすごいなー。オレ、シングルマザーの人って尊敬します」
あれから数日。
あれ以来進藤は話しかけてこない。
もう一度話し合おうとしてもとことん避けられていた。
そして進藤は有言実行通り、棋院でも優しくで美人だと評判の、女流の木之下三段に早速アプローチし始めていた。
評判はいいが、今まで彼女にはなかなかいい出会いがなかった。
それは彼女がシングルマザーだから。
夫だった人は娘さんが生まれてすぐ事故で亡くなったらしい。
どんなに素敵な人でも、子供がいることはやはり独身男性からすればネックになるのだろう。
でも進藤ヒカルという男はそんなことも全く気にしないらしい。
「会ってみたいな〜。今度三人で遊園地でも行きません?」
と積極的だ。
どうしよう…このままでは僕も同じシングルマザーになってしまう。
いや、この際なった方がいいのかもしれない。
だって彼はさっきシングルマザーを尊敬すると言った。
言い訳もさせてくれない僕の名誉を回復させるにはそれしかないのかも……
そう悪い方向に考え始めて数日後。
僕は思ってもなかった人から電話を受ける。
「今日はありがとう。莉子も楽しそうだったわ」
「オレも楽しかったです」
進藤と木之下さん、そして彼女の娘さんが最後にやってきたのはエントランス近くのレストラン。
食事の後その娘さんは母親の膝で眠ってしまったみたいだ。
進藤達のすぐ後ろの席に座って僕は会話を盗み聞いていた。
木之下さんが僕の方にチラッと視線を送る。
そう――今日この遊園地に来るよう電話をくれたのは、紛れもなくこの木之下女流三段だった。
「…ねぇ進藤君。本当のこと教えてくれる?どうして急に私に近づいてきたの?」
「え?もちろん木之下さんに惹かれてたからですよー。ずっと素敵な人だな〜って思ってて」
「嘘ばっかり。進藤君、病欠するまで塔矢さん一筋だったじゃない。何があったの?」
「………」
「正直に話して?でないと私、あなたとはこれ以上付き合えない。隠し事をする人は嫌いなの」
「………」
黙り込んだ進藤だけど、しばらくして口を開いた。
ゆっくり真実を話し始めた。
入院した病院で薦められたらしい。
「稀にあるから…調べておきますかって…」
後遺症。
結果を聞いた彼は、僕と別れることを決意したらしい。
「も…子ども作れないって…聞いて。アイツ一人っ子だし…」
「…そう。辛かったわね…。でも塔矢さんはそんな人じゃ…」
「分かってます!きっと塔矢…それならそれでいいって…きっと言う。家のことは気にしなくていい、一生新婚気分でいよう…って、きっと言う。でもオレが嫌なんだ!アイツには普通の幸せを掴んでほしい。母親に…ならせてあげたい」
だから塔矢が未練なく他の誰かに嫁ぐ為には、オレがさっさと結婚する必要があったと。
シングルマザーの人なら既に子供がいるから都合がよかったのだと。
だから木之下さんに声をかけたのだと――進藤は最後は涙を滲ませながら全てを告白した。
「すみませんでした…利用しようとして」
「ううん。私は嬉しかった。進藤君みたいな若くてカッコイイ男の子にアプローチされて」
「じゃあオレと結婚を前提に付き合ってくれますか?」
「それは…彼女次第かな」
「―――え?」
ガタン――とわざと大きな音をたてて僕は立ち上がった。
僕がいたことに、僕が聞いてたことに気付いた進藤の顔は見る見る血の気が引いていっていた。
「塔…矢……」
「全部聞かせてもらったから」
「どうして…」
「おかしいと思ったよ。お見舞いに来るなって言ったくせに、本当に行かなかったからって逆ギレされて別れようだなんて」
「………」
「確かに僕ならそういうだろうね。キミが子供が作れない体になってしまったのなら、それならそれでいいと。僕には子供よりキミ自身が必要だからね」
「オレは…オマエに母親にならせてやりたい…」
「うん。ありがとう。おかげでなれそうだよ。ホワイトデーで頑張っておいてよかったね」
「………は?」
僕とキミの最後の逢瀬の結果。
愛の結晶が、既にお腹にいることを教えてあげた。
「まだ10週目だから全然目立たないけどね」
「…マジ…で?」
ホントに?
夢じゃない?
オレも父親になれるの?
と僕を抱きしめた体は歓喜に震えてるみたいだった。
「ごめん塔矢。ごめんごめんごめん!」
「…他に言うことは?」
「結婚しよう!絶対幸せにする!」
「うん――」
木之下さんがパチパチと拍手をしてくれた。
ありがとうございます、とお礼を言った僕らだけど、反対に言いかえされた。
「実はずっと気になってた人に告白されたの。進藤君がアプローチしてくれたから、きっとあの人も焦ったのね。ありがとう」
後日その『あの人』が緒方さんだと知った僕らはかーなーり驚いたりするのだった。
「子供…また一人っ子になっちゃうな。ごめんなオレのせいで…」
「あれ?言わなかったっけ?実は三つ子なんだよ」
「―――はぁ??!」
だからどのみち出産はこの一回で充分。
一緒に頑張って育てようね。
―END―
以上、子供が作れない体になってしまったヒカル君のお話でした〜。
最後はギャグです(笑)いや〜三つ子も可愛いだろうなぁ…と。男2女1ぐらいがいいなv
きっとヒカル君の体は麻疹にかかる前に最後の足掻きをしたんだと思われます(笑)
でも例え子供が出来てなくても、二人は結婚して末永く一緒に碁を打って充実した幸せな人生をおくると思います。うんうん。
ちなみに木之下さんは30〜32ぐらいのアラサー設定で。緒方さんと再婚するとイイヨ。