●SAPARATION●





「進藤先生、奥さんとはいつ離婚されるんですか?」

「……さぁ。いつかな…」

「ふーん」

近付いてきて、オレの口にチュッ…とキスをしてきた。

「今日はご馳走さまでした。今度はどこかで泊まって、これ以上のコトもしましょうね」

お休みなさい、と彼女は地下鉄の改札の中に入っていった――







塔矢と結婚して8回目の冬を迎える今日。

オレは初めて奥さん以外の女性と二人きりで会って、いわゆるデートをした。

相手はオレをよく取材してくれていた雑誌社の専属カメラマンの女の子で、確かオレより1つ年下。

「今度一緒にご飯食べに行きません?」とLINEを交換したのが始まりだった。

もちろん塔矢の存在を知っていたはずなのに、オレを躊躇いなく誘ってきた。

…いや、オレ達のことをよく知ってるからこそ誘ったんだろう。



オレと塔矢は―――既に家庭内別居状態だって―――









「ただいま…」


家に帰ると、もう12時近いのにリビングに明かりが点いていた。

恐る恐るドアを開けると、塔矢は週刊碁を読みながらその記事の石を並べて一人検討していた。

オレが入って来たことに気付くと、すぐにジャラジャラ片付け始め、部屋を出て行こうとする。


「お帰り。口紅付いてるよ」

「えっ?!」


オレは慌てて口を拭った。



――て、それだけ?


何のお咎めも無し?


パタンと閉められたドアを、オレはただ見つめて呆然と立ち尽くした。






いつからこうなってしまったんだろう。

何が原因だったんだろう。

気が付けば、オレらは「おはよう」「お帰り」とか、最低限の会話しかしなくなっていた。

こんな生活が続いてもう二年は経つ。

もちろんこの二年、塔矢と一度も触れあってない。

キスもしてない。

もう駄目なんだろうか。

本当にこのまま…離婚してしまうんだろうか……






……そんなの、絶対に嫌だ……










「塔矢!!」


オレは彼女の部屋のドアをドンドン叩いた。

出てくるまで何度でも。

そしてようやく顔を出した彼女を、腕を掴んで部屋から引きずり出した。



「オマエ、何で怒らないんだよ?!旦那が口紅付けて帰ってきたんだぞ?!他の女とキスしたってことなんだぞ?!」

「…楽しかった?」

「オマエ…それ、本気で言ってんのか?ああ楽しかったよ!オマエと違って素直で可愛い子で、すっげー楽しかった!」

「そう、良かったじゃないか」

「今度会ったらキスだけじゃなくてエッチもしちゃうかもな!オマエそれでもいいんだ??」

「キミの好きにすればいい」

「…!!」



なんで……



なんでそんな冷たいこと言うんだよ……



オレが何しようと興味ないのかよ……




「…塔矢、オレと別れたいの…?」

「そうだね、どちらかと言えば別れたいかな」

「そ…なんだ」

「だって意味ないだろう?子供もいないし、夫婦生活もない。食事すら一緒に食べてない。もう一緒にいる必要はないんじゃないかな」

「………」



言われてみればそうだ。

確かに意味…ないよな。

こんなのもう夫婦じゃない。


でも……



でもオレは……





「オレは…オマエのことが好きだ…。ずっと…今でも…」

「僕も好きだよ」




―――え…?




「塔矢、オレのこと、好きなの?今でも?」

「ああ、好きだ。でも、今の状態じゃ夫婦でいる意味はない。もう別れた方がよっぽど…楽だ」

「んなわけねーだろっ!!」



オレは塔矢の腕を掴んだまま、彼女の部屋に入って行った。

ベッドに放り投げて、マットレスに沈む彼女の上に覆い被さった。



「今からするぞ」

「え…?」

「だってオレらまだ好きあってるじゃん。一緒にいる意味、思いっきりあるじゃん!」

「……」

「一緒にご飯食べてないから?んなの、食べようと思えばすぐ出来ることじゃん。夫婦生活がないから?今からすれば文句ないよな!」

「だけど…」

「あとなんだっけ?子供がいないから?そりゃエッチしなきゃいつまで経っても出来ないし、オレらがまともにシてた時はほとんどゴム付けてたじゃん。いなくて当たり前だって」

「……」

「だから、今から子作りするぞ。本気で。出来るまで。毎日でも!」

「進藤…」

「だから…っ」



だから、もう二度と別れたいとか言わないでくれ。



もう二度とオレから離れようとしないでくれ。



好きだ。



好きだ塔矢。



大好きだ――







「……本当は…嫌だったんだ……」


塔矢がようやく本音を言ってくれた。

涙を滲ませ、溢れさせながら――


「…あのカメラマンがキミに好意を持ってたのは知っていた。キミが連絡先を交換した時から嫌な予感がしてたんだ…」

「でも教えたのは仕事用の携帯の方だからな。プライベートの方は家族しか知らないよ」

「分かってる、でもそれでも嫌だった…。本当は今日だってずっと不安で寝つけなくて…、もし帰って来なかったらどうしようって…」

「会ってたの知ってたのか…」

「帰ってきてくれて嬉しかったのに…キミの口を見て…動揺してしまって…つい素っ気ない態度を取ってしまった…」

「…ごめん」


塔矢に両手で頬を挟まれる。


そしてゆっくり…口付けされた――



「…どういう風にキスしたんだ?こんな感じ…?」

「心配しなくても全然違うよ。軽く触れただけだし、挨拶みたいなキスだったし」


それに、もう感触なんて忘れた。


オマエとキスしたから、キス出来たから。



「オレがキスしたいのはオマエだけだからな」

「もう二度と他の人としないでくれ…」

「もちろん。約束するよ――二度としない」


もう一度、オレらは唇を合わせた。

そしてそのまま、愛する妻の体に触れていった。

二年ぶりに愛し合う為に。

そして子作りする為に――








「進藤…大好き…」



「オレも…」














翌朝、オレと塔矢は一緒に朝食を摂った。

久々の彼女の手料理に、嬉しくて幸せで、箸が止まらなかった。


♪〜


LINEの音が鳴る。

確認すると、昨日デートしたカメラマンのあの子だった。

『次いつなら会えますか?』だって。


「……なんて返事する気だ?」

塔矢の目尻が吊り上がった。

「そりゃもちろん、」

『もう二度とプライベートでは会えません』だよ。


「オレには大事な奥様がいるしからな♪」

「ふん、当然だ」

「な、オマエも今日午前中の指導碁だけなんだろ?昼から久々に外でデートしようぜ♪もう何年もしてないじゃん?」

「…いいよ」


どこかで待ち合わせて、一緒に食事して、買い物でもして、イルミネーションでも見て。

でもってまだ恋人同士だった時のように外のホテルで抱き合って。




「…そういやオレらって、なんでこんな家庭内別居みたいな状態になったんだっけ?」

「それは…僕のせいだ」

「そうだった?」

「僕はキミと結婚してからますます戦績が上がった。七大タイトルをいくつも取るほどに」

「そうだよな、オマエ今も名人と王座持ってるもんな。すげーよ」

「棋士人生のピークだと思ったんだ。そんな時に…妊娠だ出産だって休場したくなかった。でもキミは酔ってる時とか、たまに避妊してくれない時もあって…、僕はそれが嫌でたまらなくて」


だから次第にキミを避けるようになった――と塔矢は申し訳なさそうに話してくれた。

ああ…そうだったな、とオレも思い出す。

塔矢に明らかに避けられ出して、ショックで、でもオレも負けず嫌いだから、今度塔矢が誘ってきたらオレも拒否ってやろうって、とにかく意地になってた。

気が付いたら二年もしてないなんて…本当オレらって馬鹿だったと思う。



「じゃあ本当にもういいのかよ?子供作っても」

「ああ。キミを失うぐらいなら、ちょっと休場するぐらいなんでもない。それにキミと結婚してる限り、ずっとこのピークは続きそうな気がするんだ。だから…今は心から思うよ。キミの子供を早く産みたいって」

「うん、オレも早くオマエとの子供が欲しいな」


だから今夜も頑張ろうな、と奥様に耳打ちした。







昨日まで、本気でもう駄目かと思ってたオレら。


でも翌年の冬には、自分達の子供を抱けるオレらがいた――







―END―







以上家庭内別居で離婚危機な二人の復活愛劇でした〜(笑)
夫婦が長続きする秘訣は話し合いだと、昔寿退社する直前、会議で会った既婚の同期の子に言われたことがあります。
本当そうだよな…と身に沁みて感じる今日この頃です(笑)
ヒカル君とアキラさんも意地ばっか張ってないでよく話しあいましょうね!ね!

リアルタイムな二人を書くのが好きな私。
29歳だなんて、30のヒカアキだなんて…!
年齢的に今後今回みたいな話が多くなりそうで、ちょっとアレですよね…。
大好きなバージンアキラちゃんをもう書けないのかしら…。
いや、全然アリだから書くだろうね。
30になっても囲碁一筋で男女交際経験無しなアキラちゃんなんて、超アリでしょ!!(笑)
ね、ヒカル君?