●GO!GO!SANA 17●
新初段シリーズ当日。
私はいつもより早く起きて、一階の和室の碁盤の前に座った。
朝ご飯まで棋譜並べでもしようと思っていたら、
「佐菜、気合い入ってるな」
とお父さんもやって来たので、一局打って貰うことにした。
「「お願いします」」
終局が近付くと、お父さんが
「今日は僕も見に行くから」
と話しかけてきた。
「うん…分かった」
師匠のお父さんに観戦されるのかと思ったら、余計に力が入る気がした。
私は2歳の時からこの名人本因坊なお父さんに直々に囲碁を教わっている。
最初は4路盤から始まって、基礎の基礎から根気よく教えてくれた。
もちろんお父さんは一年の半分は棋戦で家を留守にする。
そういう時はお母さんが代わりに教えてくれた。
引退して14年くらい経つのに、いまだに高い棋力を持つお母さん。
互先で打つといつも圧倒的大差で私は敗れる。
お母さんに勝てる日はやって来るのだろうか。
今日私が対局するのはアキラおばあちゃんだ。
その塔矢アキラ王座から、女流タイトルとはいえ奪取に成功したお母さんに、いつか勝てる日はやって来るのだろうか。
「……お父さん」
「なに?」
「どうしてお母さんといまだに毎朝一局打ってるの?」
「え…?」
「もしかして、お母さんに棋士に戻ってほしいから…?」
「……分からない」
お父さんがキッチンの方をチラリと見た。
朝ご飯を作っているお母さんがいた。
「分からないけど……本音はきっとそうなんだろうな。僕は本当は精菜に棋士を辞めてほしくなかったから…」
「……」
「でも彼女が辞めて僕を支えることに専念してくれたから、今の僕がいるのも事実だ。だから僕も精菜も後悔はしていないよ」
「……後悔はしてないけど、諦めきれないんでしょ?」
「佐菜…痛いところを付いてくるな」
お父さんが苦笑してくる。
でもって「精菜には内緒な」と言ってこっそり教えてくれた。
「うん……諦めきれない。精菜といつかまた大きな舞台で戦いたい。真剣勝負がしてみたい。だから僕は彼女の棋力を落とさない為に…毎朝一局打ってるのかもしれない。朝の調整に付き合ってほしいと嘘まで吐いてね」
「でも問題はお母さんにその気が全くないことだよね」
「そこなんだよなぁ…」
お父さんが残念そうに肩を竦めた。
「仕方ないよな…精菜の人生だから」
「お母さんにダメ元でお願いしてみたら?」
「それじゃあ意味ないよ。精菜が自分からそう思わないと……意味がない」
「……そうだね」
私達がお母さんの方をジーっと見てたから、
「なぁに?二人とも…」
とお母さんが眉を傾けて来た。
「何でもないよ。精菜、今日も綺麗だなぁって」
とお父さんが誤魔化す。
「そうそう、お母さん今日も超美人だよねって、お父さんと話してたの」
と私も誤魔化した。
「……そう?ありがとう…」
お母さんは照れていた。
そしてスイングで眠る弟を入れて、4人で朝ご飯を食べた。
もちろん食事中の会話は新初段シリーズのことばかりだ。
「お母さんの相手はヒカルおじいちゃんだったんでしょう?」
「そうよ。お義父さんに対局前に誘導尋問されてあの時は恥ずかしかったなぁ…」
「誘導尋問?え?なにそれ、なに聞かれたの?」
「ふふ、佐為のどこが好きかって」
「へぇ……で?で?なんて答えたの?」
「うふふ、内緒」
「え〜教えてよぅ」
「だーめ」
両親が教えてくれなかったから、私は朝ご飯が終わった後、ヒカルおじいちゃんにこっそり電話して教えてもらった。
お母さんはこう答えたそうだ。
『バカ真面目なとこも、努力家なとこも、実はちょっと性格が悪いとこも全部大好き』――と。
(それって褒めてるような…貶してるような…)
そのバカ真面目なお父さんは、お母さんに対してはいつも真面目だ。
私がそろそろ棋院に出発しようと着替えて一階に降りて行くと、リビングで真面目に愛を囁いていた。
「精菜……愛してる」
「私も……」
「あの時はごめんな……精菜があんなに悩んでたなんて気付かなくて…」
「ううん、もういいの。佐為はちゃんと私の為に旅行の時間作ってくれたもの。翼佐も生まれたし…私今幸せだよ」
「もう一人くらい作る?」
「ふふ…産褥期終わるまで待ってね」
「じゃ、今はキスだけな…」
顔を近付け出した両親に、私はものすごく大袈裟にゴホンゴホンと咳払いしてやった。
すると慌てて体を離していた。
「私、もう出発するから」
「ああ…うん。僕も後で行くから」
「行ってきまーす!」
揃って顔を赤めたままの両親に見送られて、私は棋院へと出発した――
CONTINUE!
もちろん出発後にキスの続きをする佐為と精菜なのでした!