●SALON●
雨が毎日降り続く梅雨。
私のテンションはダダ下がりだった。
何か楽しいことでも起きないかしら…と、受付に座っていると、入口のドアが開いた。
入って来たその人物の顔を確認した途端に、私のテンションはいきなり急上昇してMAXになる。
「こんにちは、市河さん」
「佐為くん!!いらっしゃ〜いvv」
アキラくんと進藤くんの長男である佐為くん。
小さい頃からめちゃくちゃカッコよくて可愛くて、私の大大大のお気に入りの男の子だ。
プロになる前はもちろん、プロになってからも未だにちょくちょくこの囲碁サロンに来てくれている彼。
しかもしかも、今日はもう一人イケメンを引き連れて!
「へー、ここが噂の塔矢行洋先生の碁会所なん?」
「今はもう代替わりして母が経営してるけどね」
「そうなんやな」
しかも関西弁!!
いいわいいわ〜佐為くんの学校のお友達かしらん。
やっぱりイケメンの周りはイケメンが集まるのねぇvv
「えーと、ここに名前書くんでいいですか?」
「いいわよぉ」
関西弁の彼が受付表に名前を書いた。
ふむふむ、西条くんね。
素敵な名前♪
「席料いくらですか?」
とサイフを出そうとする。
「中学生までは一応500円だけど…」
私はチラリと佐為くんを見た。
「市河さん、西条もプロ棋士なんだ。指導碁もして帰るつもりだからサービスしてあげてよ」
「佐為くんがそう言うならv」
「ありがとうございます」
と西条くんがペコリとお辞儀をしてきた。
可愛いわ〜♪
「西条くんは佐為くんの棋士友達なのかしら?」
「あ、そうですね。学校のクラスも同じです」
「じゃあ海王なのね。もう彼女はいるの?」
「え?ま、まぁ…」
「そうなのぉ?ショック〜」
「え…っ」
奥に向かおうとしていた佐為くんが戻ってきて、西条くんの腕を掴んだ。
でもって私に、
「市河さん、西条で遊ばないで下さい。芦原先生に言い付けますよ」
と言って彼を連れて行ってしまった。
相変わらず真面目な佐為くんに冗談は通用しないみたいだ。
ちなみに西条くんが
「何で芦原先生?」
と佐為くんに尋ねていた。
「市河さんは芦原先生の奥さんなんだよ」
「え!そうなん?!」
そうでーす。
本名は芦原晴美です。
でもアキラくんや進藤くんが昔と変わらず私のことを「市河さん」って呼ぶから、佐為くんも釣られて旧姓で呼んでるのよね。
20分後。
受付の仕事が一段落した私は、意気揚々と佐為くんと西条くんにコーヒーを持って行った。
二人は検討しているみたいだった。
「ここを封鎖して流れはよくなったね」
「そうやなぁ。でも12の六、これが最強やな。一気に形勢が不明になったわ」
「この辺りまでいい仕事してるよな」
私は二人に「コーヒー置いておくわね」と空きスペースに置いていった。
「「ありがとうございます」」
と二人がハモってお礼を言ってくれる。
ミルクと砂糖も添えたけど、二人ともそのままブラックでカップに口付け始めた。
ブラックコーヒーが飲める中2ってスゴいわよねぇ…とちょっと感心する。
「市河さんはここに勤めて長いんですか?」
西条くんが聞いてきた。
「そうねぇ…、ハタチからだから、もう20年は余裕で働いてるかな」
「すごいですね…!」
「だって私が勤め出した時、アキラくんなんて小学生だったのよ?それが今やアキラくんの息子が中学生だもんねぇ〜」
私も歳を取るはずだわ…とちょっと落ち込んだ。
「芦原先生とはどこで出会ったんですか?」
「ふふ、ココでよ♪」
塔矢門下の芦原弘幸さんと私が出会ったのは、私がここに勤め出してすぐのことだ。
当時まだ高校に入ったばかり、入段したばかりだった彼。
師匠の経営するこの碁会所に、しょっちゅう指導碁に訪れていた。
もちろん5歳も年下の彼は、最初は私の恋愛対象の範囲外だった。
でも……彼も22になって、私も27を超えてそろそろ結婚を本気で考え出した時に、たまたまここで二人きりになって。
思いがけない告白を彼からされたのだった。
「ずっと好きだったんだ」と。
「オレがどうしてしょっちゅうここに来ると思ってた?」と。
まさか私目当てだったなんて……あの時は驚いたなぁ。
それからお付き合いが始まって。
二年くらい経った時だったかな。
「アキラくんが妊娠したのは…」
ブッっと佐為くんがコーヒーを吹き出した。
ゴホゴホ噎せている。
無理もないだろう、だってその時アキラくんのお腹にデキた子が佐為くん自身なんだから。
「8歳も年下の妹弟子の方が先に結婚しちゃうってことで焦って、彼もようやく私にプロポーズしてくれたのよねぇ」
「へー、そうだったんですね。ほなお子さん、進藤より学年下なんですか?」
「そうよ〜。今中1と小4の娘が二人」
「碁は打たれるんですか?」
「一応二人とも小さい頃から主人が教えてるから、それなりには打てるけどね。でもプロを目指す気はないみたい」
「そうなんですね」
でも私はそれでいいと思っている。
プロの世界は大変だ。
手合いだけで生活出来る棋士はごく僅か。
主人も未だに六段、最終予選にまでだって滅多に進めていない。
兄妹弟子がタイトルホルダーだから、同門の主人に解説の仕事が回ってくることが多いのは助かってるけれど。
他にも色んな仕事をしないと生活は成り立たない世界だ。
だから私もここの仕事は辞めれない。
きっと、定年まであの受付にいるんだろうなって思う。
もしかしたら今はまだ中2のこの佐為くんの子供が、いつか今日みたいに来るかもしれない。
それはそれで楽しみだ――
「西条くんも頑張ってね。応援してるわ♪」
「ありがとうございます」
「もちろん佐為くんもね。頑張って」
「ありがとう、市河さん」
「また佐為くんが表紙の雑誌が出たら、ここの棚にも並べておくわね!」
佐為くんはまたコーヒーで噎せていた。
本当にいつまで経っても可愛い子だ。
どうかあともう20年、ここで働けますように――
―END―
以上、市河さん視点でした〜。
佐為が中2の7月の話です。
プロ棋士編の19話と20話の間ですね。
市河さんのお相手はもちろん芦原さんです!
彼以外にいないと思います!
あんなに囲碁サロンに出没してるのも、絶対市河さん目当てだと思うんですよねー。
でもって連載初期、芦原さんは19でしょ?
でも市河さんは24、5くらいだと思うので、絶対年上だと思うんですよね。
てことでこんな話になりました★
佐為は小さい頃から囲碁サロンの常連です。
プロになってからは回数は減りましたが、小学校の時なんかは昔のアキラみたいに学校帰りに寄ってたみたいです。
アキラはヒカルと結婚してから家でヒカルと打てるようになったので、すっかり足が遠退きましたが、経営権がアキラに移った今では月に1、2回は覗きに来てるらしいです〜。