●SAKURA U 2●
俺が彼女の存在を知ったのは、彼女がプロ試験に受かった直後のことだ――
「おや、内海君のお孫さんが受かってるね」
俺の師匠、太田先生が週刊碁を見てそう呟いた。
「内海って……内海忠司九段のことですか?先生と同期の」
「そうだよ」
「何年か前に亡くなられたんですよね?」
「病気でね。棋士もその病気のせいで、もう20年も前に引退してしまった。塔矢行洋並みに才能があっただけに残念だったよ…」
「そうだったんですね…」
「亡くなる何年か前にね、お孫さんに碁を教え始めたと言っていてね…。亡くなった後も碁を続けていてくれたみたいだね、よかった」
「…お孫さん、何て名前ですか?」
「内海さくらさんだよ」
「さくらさん…ですか」
その翌月の合同表彰式の時に、俺は初めて彼女の姿を確認した。
(可愛いな……)
この春から中3らしい。
彼女の視線は常に――進藤君を追っていた。
もちろん連勝賞、勝率第1位賞、その他諸々あらゆる賞を総なめした進藤君には皆の視線が集まっていた。
でも、彼女の視線は少し違うように思える。
(好きなのかな?)
でも進藤君の横には常に緒方さんがいる。
それはもう囲碁界中の誰もが知ってることだ。
(諦めればいいのに)
理事長から免状を受け取った彼女は、少し泣き出しそうな顔をしていた。
後で聞いた話だけど、理事長が免状を渡しながら声をかけたらしい。
『おじいさんもきっと喜んでくれてるよ』と。
いい話だな、と思った――
19歳の時にリーグ入りを果たした俺は、20歳の時に挑戦者にもなれた。
でもずっと挑戦者止まりだ。
あと一歩が届かなくて、いつまで経ってもタイトルを奪取出来ない。
焦っていた。
俺よりずっと後に入段した進藤君が俺より早くタイトルを取った後は、更にその気持ちが増した。
だからもっともっと勉強時間を増やして囲碁にのめり込んだ。
それと比例するように恋人と過ごす時間は減っていき、ついに
「別れましょう」
とフラれた。
碁聖戦第二局から帰ってきた次の日だった。
ただでさえ負けて落ち込んでたのに、更にどん底に突き落とされた気分だった。
(何かもう疲れたな……)
気分転換に、ちょうど持ちかけられた囲碁フェスティバルでの解説の仕事を受けることにした。
詳細を貰いに棋院の事務に行くと、先客が一人。
あれ?この子確か……
「窪田先生、大盤解説はこちらの内海女流二段が聞き手になりますので」
と紹介される。
そうだ、内海九段の孫のさくらさんだ。
「初めまして、内海です」
とにこっと笑われる。
(相変わらず可愛いな…)
「窪田です。よろしく」
「私聞き手初めてなんです。とんちんかんなこと言っちゃったらすみません」
「はは…大丈夫だよ。上手くフォローするから安心して」
「ありがとうございます」
一緒にイベントの説明を受けて、
「じゃ、また当日にね」
と別れてエレベーターに向かおうとした。
ところが「あの…っ」と服を引っ張られる。
「先日の第二局、惜しかったですね…」
「…ああ、…うん」
「窪田さんなら、次は絶対勝てますよ。頑張って下さい!」
「……」
キラキラとした、一切曇りのない目で断言される。
(どうしよう……)
(天使だ……天使がこんなところにいた……)
彼女の言葉に救われて、俺は第三局で見事白星を掴んだ。
第四局までの間に、例のイベントがある。
内海さんと一緒に解説の仕事が出来る。
俺の心は年甲斐もなく躍った。
内海さんみたいな子が傍にいてくれたら、もしかしたら今の壁を乗り越えられるかもしれない――なぜかそう直感した。
彼女に賭けてみたくなった――俺の人生を。
二人きりで行った二次会で、
「俺と付き合ってくれませんか?」
と告白し、俺は彼女を手に入れた。
翌週行われた第四局でも勝利し、俺は初めてタイトルを手にした。
東京に戻ってきて、彼女の顔を見た途端に緊張の糸が切れた。
祝福のキスをしてくれた時に、一気に涙が溢れてきた。
いい年した大人が涙なんて、情けないとこなんて見せたくないのに。
なのに
「私の胸で泣いてくれていいよ」
と甘やかしてくれるこの年下の彼女が、愛おしくて愛おしくて堪らなくなった。
俺はその晩、彼女を家に帰さなかった。
彼女がいてくれたから今の俺があると思う。
これからもずっと傍にいてほしいと思う。
この春、無事に大学を卒業して棋士一本の生活になった彼女。
俺の心はもう決まっていた。
「大君聞いた?進藤君が緒方さんとついに結婚するらしいよ…」
「へぇ…そうなんだな」
俺は知ってる、彼女が昔進藤君を好きだったことを。
やはりショックを隠せないんだろうか。
ちょっとだけ落ち込む彼女の左手を取った。
「じゃあさくら……俺達も結婚しようか」
「……え?」
準備してあったその指輪を薬指にハメた。
「傍にいてほしいんだ……ずっと。これからは妻として…一番傍で俺を応援してほしい」
「大君……」
「結婚しよう」
「うん…――」
俺の人生で一番の甘いキスをした。
棋士仲間の一人として、進藤君も俺らの結婚式に招待した。
「おめでとうございます窪田さん、内海さん。内海さん…よかったですね」
「ありがとう…」
進藤君に祝福された時、さくらは俺の手をぎゅっと握った。
俺も握り返した。
進藤君が席に帰った後、彼女がこそっと教えてくれる。
「私…実はね、進藤君に近付きたくてプロ棋士になったんだよ…」
「ふぅん…じゃあ俺は進藤君に感謝しなきゃな。さくらと出会わせてくれたんだから」
「私も感謝してる。大君と出会えたから」
ずっと共に手を取り合って生きていきたい人に出会えた。
現在進藤君が保持する王座のタイトル。
出会わせてくれた彼には感謝しつつも、俺は来週あるその本戦決勝に何がなんでも勝って、彼の前に座ってやると心に誓ったのだった――
―END―
以上、窪田×さくら話でした〜。
可哀想過ぎるさくら嬢に窪田棋聖という最強の伴侶をプレゼントさせていただきました!(笑)
例えばさくらが院生の時に初めて出た若獅子戦。
ベスト8に残った将来有望男子6人、佐為、西条、京田、広岡、東、大塚。
実は全員彼女持ちです。(京田さんも約束済みなので彼女持ちみたいなものだよねw)
窪田さんにももちろん彼女がいました。
だからさくらは強い人には既に彼女がいると諦めていたのです。
でもちょうど別れたタイミングで出会うという、まさに運命の出会いvv
窪田さん側からしたら、入段した時からずっとさくらを気にかけていたので、偶然ではなく必然だったわけですが。
にしても窪田さん、実は泣き虫です。
それくらい追い詰められてたんでしょう。
何度挑戦しても一向にタイトルを取れない自分と、初めての挑戦で意図も簡単に奪取した佐為とを比べてしまったりして。
でもさくらの一言がなかったら、きっと碁聖も奪取してなかったかと思われます。
窪田さんにとって、さくらは天使だったのです〜。
ちなみに窪田さんをフった彼女、別れたすぐ後に彼がタイトルを取って、別れたことを後悔します。
もちろん復縁しようと試みましたが後の祭りです。
既に窪田さんの横には天使がいたのです。
ざまーみろw
世の中には上げ女と下げ女がいますが、さくらは上げ女、別れた彼女は下げ女です。
ちなみに棋聖戦の対局相手はヒカルでした。
だから佐為が大盤解説に入ってたんですね。
進藤家の人は家族のタイトル戦の時は必ず一度は解説に呼ばれるそうですよw(彩のみ聞き手です)
佐為が大盤解説に入る時は超満員の完全事前予約制だそうですよ(笑)
さて、次の視点リレーは10年ぶりの登場、40歳になったあかりちゃんです。
彼女は10年おきに登場しますね(笑)
ヒカアキの双子の予定日は4月でした。
でも双子の帝王切開は通常予定日よりかなり早く出産しますよね。
てことで3月生まれの双子。
あかりちゃんの娘と同級生になりましたー!