●TIME LIMIT〜隣人編〜●
「渡邊さんのお隣ね、ついに入居する家族決まったそうよ」
「本当?」
情報通の近所の奥さんがそう教えてくれたのは6月下旬――
ここ一帯は市が新しくニュータウン事業として整備をし始めた住宅地で、私たちの家族も今年の始めに隣町から移ってきたばかり。
建売物件は既に9割近くが埋まっていて、この第3ブロックも残すはうちの隣と三軒先の家だけ。
でもついに隣も売れたみたい。
一体どんな家族が越してくるのかしら。
うちの子供たちと同じくらいの子がいればいいのに。
そう思いながら既に6ヶ月目に入ったお腹を撫で始めた。
隣に座っていた旦那も続けて撫でてくる。
「あなたは何か聞いてる?」
「何が?」
「今度越してくるお隣のことよ。この前の団地のミーティングで何か聞かなかったの?」
「うーん…かなりの金持ちかもしれないなぁってことだけかな」
「は?」
「いや、オーナーが喜んでたんだよ。ローンを組まずに即金で全額払ってくれたとか何とか」
「即金?だってお隣って角だから二千万以上するんでしょう?」
「だから金持ちなのかもしれないって思ったんだよ」
「………」
…嫌だな。
話が合わなかったらどうしよう。
せっかくのお隣なんだから仲良くしたいのに。
もし高飛車で偉そうで自慢ばかりする家族だったら……ついていけないわ。
楽しみにしつつも不安ばかりが積もるお隣の引越し。
7月下旬―――ついにその時がやってきたわけだけど……
「初めまして、進藤です」
挨拶に来たお隣を見て私は一瞬固まってしまった。
だってだってだってすっごく若くてカッコいい男の子だったんですもの!
「えっと…おいくつ?」
「え?オレの歳ですか?二十歳ですけど…」
「お一人で越してきたの?」
「いえ、娘と一緒です」
娘?
その若さで娘さんがいるの??
「…奥さんは?」
「………」
途端に気まずそうにしょんぼりと下を向いてしまった。
やだ、禁句だったのかしら。
「あ…ごめんなさい。そちらにも色々と事情ぐらいあるわよね…」
「いえ、ただ逃げられただけですから気にしないでください」
「そう…。ちなみに娘さんはおいくつ?」
「あ、産まれたばかりです。まだ生後一週間で…」
「あら。じゃあこの子と同級生になるかもしれないわね」
微かに膨らんだお腹を撫でると、進藤さんは何だか懐かしそうに…じっと見つめてきた。
にしても生後一週間で奥さんに逃げられるなんてお気の毒だわ。
あまり根掘り葉掘り聞くのはやめておきましょう。
「娘さんを見てもいいかしら?今は寝てるの?」
「あ、じゃあうちにどうぞ。さっきミルクあげたばかりなんで、今はぐっすりです」
「進藤さんの娘さんだからきっと可愛いんでしょうね〜」
「へへ」
嬉しそうに笑ってくる彼の顔は本当に二十歳の男の子。
ルックスもよくてお金持ちで……奥さんは一体何が不満だったのかしら。
「進藤さん、お仕事は?」
「辞めてきたんで今はプーです。しばらくは子育てに専念したいし」
「そう…。まぁ!本当に可愛い!!」
ベビーベッドで眠っていた赤ちゃんはお世辞抜きで本当に可愛い女の子。
「お名前は?」
「千明です。数字の千に明るいって書いて…」
「千明ちゃんね。でも本当に可愛いわ〜。進藤さん似かしら?」
「いえ…たぶん母親似です」
「そう…」
しまった!
また余計なこと聞いてしまったわ!
私の馬鹿!
「子育ては初めてでしょ?分からないことがあったら直ぐに聞きに来てね」
「ありがとうございます。助かります」
見た目に反してすごくしっかりとした口調の進藤さん。
今時の二十歳の子と比べたら結構落ち着いてる?
でも良かったわ。
想像していた高飛車家族じゃなくて。
彼がお金持ちな訳も、ある日ネットで何気なく『進藤ヒカル』と検索してみたら直ぐに分かった。
囲碁の棋士だったのね。
ずいぶん勝ってたみたいなのに辞めちゃったのは……やっばり千明ちゃんの為?
きっと仕事より何より大事な子なのね。
進藤さんの千明ちゃんを見る目がそれを物語ってる。
きっと本当に大好きだった女性との子供なんでしょうね。
捨てられちゃったみたいだけど……いつか戻ってきてくれるといいわね。
ううん、きっと戻ってきてくれるわ。
そうよね?
塔矢さん―――
―END―
以上、隣人・渡邊さん家から見た進藤家でした〜。
離別編・4の最初あたりかな?
新しい土地に移ってきて、まだ美鈴ちゃんもお母さんのお腹の中の頃です。
美鈴ちゃんのお母さんには実は何もかもバレてたってことで(笑)
本編ではこのあたりの話結構すっ飛ばしてたんで、いつか書きたいな〜と目論んでたんですが、ついに書いてみました。
次はヒカル視点かな〜?
あ、ちなみに視点の部分、今回は『美里』となってますが、もちろん美鈴ちゃんのお母さんの名前です(笑)
歳は29歳らしいです。