●PAMPHLET●






「あーあ、どっか行きたいなー」




京都で行われたイベントの帰り。

進藤が駅に置いてある旅行会社のパンフレットを片っ端から手に取り出した。


ヨーロッパもアフリカも、どうせ行けないから意味ないのに。

世界遺産にも興味ないだろう?

韓国なんて、先月行ったばかりじゃないか。

って、おい。東京のパンフを取ってどうするんだ。

今から帰るのに。



「進藤、新幹線もう来るよ?」

「あ?じゃあ先行けば?うるせぇなぁ…」

「……」


さっきからずっとイライラしている進藤。

疲れが溜まりきって爆発しそうな時、彼はいつもこんな感じになる。

こんな時、口で何を言っても駄目なことを僕は知っている。

彼の腕を掴んで、ホームに連行した。


「何だよ!先行けって行っただろ?!」

「乗り遅れる」

「別に次のに乗るからいいし!」

「自由席にか?ここは京都だぞ?今の時間は絶対に座れない。東京まで立つつもりか?」

「…く」


抵抗していた力を緩めて大人しく付いてきた。

無事に発車時間には間に合って、進藤は売店で買ったビールを早速飲み出している。

さっき取りまくった大量のパンフレットを片手に。


「いいのあった?」

「ない」

「だろうね」

「でも、これ超うまそう…」


進藤の手を止めたのは、例の東京のパンフだった。

その中のホテルの朝食特集に目を輝かせていた。


「バイキングじゃないのがいいよな〜」

「…そんなに気になるなら、彼女と泊まって食べてくればいいじゃないか」

「……!」


進藤の顔が一瞬にして曇った。


…え?なに?もしかして……


「まさか…フラれたの?」


また、とは言わないであげた。


「…うるせぇよ」


泣きそうな顔。

まだ思い出になってないってことは、別れたのはつい最近だろう。

もしかして彼のこの機嫌の悪さはそれも原因なのかもしれない。

彼女という唯一の安らぎの場所を失ったから……



「…ま、これに懲りたら大学生とは付き合わないことだな。キミには合わないよ」

「…オマエに言われる筋合いはねーよ」

「ごもっとも。じゃあさっさと忘れて、いつもようにまた新しい子を探せばいい。キミならすぐに見つかるよ」

「…も、いい。何か…疲れたし……」


本当に疲れてるような口ぶり。

飲み干したビールの缶を机に置いた後、彼はすぐに夢の世界へ行ってしまった。

しかも結局、東京駅に着くまで一度も起きなかった。

ちなみに、名古屋を過ぎたあたりから……頭はずっと僕の肩の上。

ずっと凭れ掛かられて…僕は身動きが取れなかった。


ちょっと心臓の音が早いのは何故なんだろう。

彼を男として意識してる証拠なんだろうか。

…うん、意識…してる。

キミは…いつになったら僕を女として意識してくれるんだろうね……


ビールの缶の下敷きになっている、さっきのパンフレットを手に取った。


「このパンフ…東京でも予約出来るのかな…」


僕の肩から一瞬、フッ…と笑う声が聞こえたような気がした。

けど、気のせいだったみたいで、彼の目は閉じたまま。

寝たまま。

安心したようにぐっすり眠っていた――










「あ〜よく寝た〜」

「熟睡してたね」

「おう」


東京駅に付いた後、進藤はパンフレットの束を全部ごみ箱に捨てていた。

一つだけ残して…。


「それは?捨てないのか?」

「うん。これさ、宿泊プランは当日でも予約オッケーなんだって」

「…だから?」

「明日はこの健康的な朝ご飯が食べたいんだよな〜」

「ふぅん…」

「でもさ、オレが泊まりたいホテル、1名1室プランがないんだよな」

「…別に2名1室のプランで倍払えばいいんじゃないのか?」

「えー、勿体ないじゃん。それに一人で食べるより二人で食べた方が断然美味しいし」

「………」

「オレの言いたいこと、もう分かるよな?じゃ、行こっか♪」


ニッと笑った彼に、今度は僕が連行された。



ちなみにこの晩以来、彼の安らぎの場所が僕の胸の中になったのは…言うまでもない話だ―――








―END―









以上、パンフ話でした〜。
取るだけ取ってすぐに捨てるなんて、エコじゃないですね、全く。
最近はヒカルがフラれる話を書くのが、どうも萌えるみたいです(笑)