●お帰り●
昔棋士仲間の誰かが言っていた。
対局で疲れて家に帰ると「お帰りなさい」と笑顔で迎えてくれる奥さんが欲しいと。
27歳の今日、オレはその意味をものすごく痛感した。
はぁ……疲れた。
疲れたとしか言いようがない。
緒方先生との二日碁でありえないぐらい体力と気力と精神力を消耗した。
脳ミソも使い果たした。
もう指一本も動かしたくない。
一刻も早く帰って今すぐ寝たい…のに、腹の虫がぐーぐー訴えてくる。
勘弁してくれ。
はぁ…奥さんが欲しい。
ご飯作ってオレの帰りを待っててくれる奥さんが欲しい。
「――あれ?」
ようやく家にたどり着いた。
でも玄関の鍵が空回りする。
オレ…鍵かけ忘れたのかな?
いや、そんなはずはない。
じゃあまさか泥棒??
そうっと…音を立てないよう玄関のドアを開けた。
リビングに電気が点いてる。
明らかに誰かいる。
ひとまず靴箱の横に立て掛けてあった傘を手に取った。
武器にしては弱いけど、無いよりマシだろう。
そうっとリビングに近付く。
カチャ…
ゆっくりと少しだけ扉を開けて、中の様子を伺う。
あれ…?別に荒らされてないな。
ていうか、何だこの匂い。
すっげー旨そうな香りが……
「あれ?進藤、いつ帰ってきたんだ?お帰り」
「とっ、ととと…塔矢??」
そう――台所で料理を作って、この匂いを発していたのは、まぎれもなくオレの永遠のライバル――塔矢アキラだった。
「オ、オマエ、なん…で、どうやって…」
「どうやって入ったのかって?キミが帰ってくるのをマンションの前で待ってようと思ったらね、ちょうどキミのお母さんに遭遇してね。キミ、お母さんに掃除頼んでるんだって?」
「べ、別に頼んだわけじゃねーよ。一回荷物持ってきてもらった時にあまりに部屋が汚いっていうんで…勝手に掃除始めやがって。その時に合カギ没収されたんだよ。これからは月に一度は点検に来ますからね!って…」
「その合カギを貸してくれたんだよ。外は寒いでしょ?中に入って待ってたら?って」
「あのババア…」
「でもただ待ってるのは暇だったからご飯でも作ろうかと思って。キミのお母さんが食材たくさん冷蔵庫に補充してくれてたからね」
「……」
「食べる?」
「……うん」
コクコクと頷いた。
しかもオレの好きなものばっかで、おまけにめちゃくちゃ旨かった!
思わず
「オマエ最高!もう結婚して!奥さんになって!」
と言ってしまうぐらい。
「いいよ」
「へっ」
「結婚したら、わざわざ訪ねなくてもいいものね」
「…なぁ、オマエが今日来たのってまさか…」
「もちろん、今日の対局を僕とも検討してもらう為だ」
ニッコリと塔矢が笑った。
その顔には「なんだあの手は!」と書いてあるみたいだった。
ふへぇぇ…ごめんなさい!
新手に失敗したんです!
緒方先生にも嫌ってほどツっこまれたソコを、更に塔矢にまで貶されるなんてもう耐えられねー!
「早く食べてくれ。みっちり検討しよう」
「マジかよ〜〜」
塔矢と結婚したら美味しいご飯は食べれるかもしれない。
でもどんなに疲れていてもきっと打たされるんだろうな…と、さっきのプロポーズをやっぱり取り消そうと思うオレだった。
ちなみに帰って来たのが夜の9時。
打ち始めたのが10時だったわけだから、当然検討が終わった頃には終電も終わっていた。
仕方なく泊めてやったわけだけど、女が同じ屋根の下で寝てるのに手を出さないオレではもちろんない。
塔矢と初めてHしてみて、またそれが意外とよくて。
ご飯と囲碁とコイツの体と性格と、色々天秤にかけて検討した結果――やっぱり結婚してもいいかなぁと思うオレがいるのだった。
―END―
以上、「アキラ子なんですっ!」でした〜!
イベントに出た度に発行していた布教ペーパーですが、少しは布教になってくれたのかしらー?
アキラ子を好きな人が一人でも増えてくれることを祈って、今回オンで公開してみました。
またいつかサークル参加出来ますように(*^ ^*)