●NURSING●
いつもの言い争いだった。
ただ、場所が悪かった。
「進藤…っ?!」
ちょっと押しただけなのに。
バランスを崩して、まさか階段から落ちてしまうなんて―――
「すまない…僕のせいだ」
「も〜気にするなって。たいしたことなかったんだし」
「右手を骨折しておいて何がたいしたことないだ!棋士として絶体絶命だっ」
「別に左手でも打てるし…」
全治三ヶ月。
肩から包帯で吊るした腕が痛々しくて、怪我の重度を物語ってる。
棋士にとって一番大事な利き手に、僕は何てことをしてしまったんだろう。
悔やんでも悔やみきれない。
「本当に退院して大丈夫なのか?もう少し入院していた方が…」
「やだ。病院のメシってまずいんだもん。だいたいこんなに元気なのに入院なんて馬鹿らしいし」
「でもキミ…一人暮らしだろう?利き手使わないで料理なんて無理だと思うけど…。実家に戻るのか?」
「んー…戻りたいけど戻りたくないっていうか…。つか意味ないんだよな、母さん単身赴任の親父についていっちゃってるから」
「ああ…だからお見舞いにみられなかったのか」
「いや、単に言ってないだけ。オレの母さんてすげー心配性でさ、もうウザいぐらい構ってくるの目に見えてるし。この歳になって母親に世話されるのってなんかヤダっていうか…」
「だからって…」
「一人でも大丈夫」
「でも…」
「も〜オマエも心配性だなぁ…。だったらたまに塔矢がご飯でも作って持ってきてよ。それで十分だから」
「分かった。持っていく」
それで少しは償いになるのだろうか。
ただの自己満足かもしれないけど…。
でもそれしか思い付かないから、毎日持っていった。
最初は保存がきく料理を数食分まとめて。
でも、どうせなら一番美味しい作り立てを食べてほしい。
その想いは次第に材料だけを買って、彼の部屋で作ることに変化させた―――
「あ…お帰り、進藤」
「…ただいま。今日も来てたのか」
「ご飯を作る約束だろう?」
「毎日とは言わなかった気がするけどな」
研究会から戻った進藤は、迷惑そうにも嬉しそうにも見える不思議な表情をして、大人しくダイニングテーブルに座った。
ぎこちない左手で、並べられた夕飯に手をつけだした。
「…くそ、上手くつかめねぇ…」
ぷるぷると震える左手。
ぽろぽろと落ちるご飯を見ると、ものすごく手助けしたくなる。
食べさせてあげたい。
「進藤…はい」
おかずを一つ取って、遠慮気味に彼の口の前に差し出した。
僕をひと睨みした後、恥ずかしそうに口を開けてくれる。
「美味しい?」
「ん……まぁまぁ」
「こっちも食べる?はい」
「ん…」
あまりに素直に口を開けてくれたので、初めて進藤が可愛いと思ってしまった。
調子にのって「あーん」なんて言って、子供にするみたいに食べさせてみたり。
しばらくして我に返ったのか、またぼろぼろと一人で頑張り始めてしまったけれど。
「よし、洗いもの終了」
夕食後の片付けを終えて、明日の朝食の下ごしらえも完成。
「ああ…そうだ。さっき取り込んだ洗濯ものをたたまなくちゃ」
とリビングに行くと、先に進藤が片手で頑張ってたたんでいて、僕を睨んできた。
「オマエな…勝手に人の洗濯ものまで洗うなよな」
「どうして?」
「…恥ずかしいじゃん。オマエだって、勝手にオレがオマエの下着とか洗濯してたら嫌だろ?」
「確かにキミが僕の下着に触れたら犯罪だな。でも女が男の洗濯をするのは問題ないと思う。他意があるわけじゃないし」
「ったく、相変わらず自分勝手なやつ。彼女でもないくせに出しゃばるなよな…」
「その彼女の一人もいないくせに偉そうに言うな」
「オマエだって彼氏いないくせに!」
「ああそうだよ、いなくてよかっただろう?もしいたら、絶対にこんなところに来るの許してくれなかっただろうからね」
「は…そうだよな、朝から晩まで頼みもしないのに一日中いるもんな。彼氏なんかいたら、一体どこまで世話してんだって勘繰られるよな」
「本当だよ。着替えやお風呂まで手伝ってるなんて思われそうだ」
「ついでに下半身の世話なんかもな」
「下…っ――」
ボンッとすぐ後ろにあったクッションを、進藤に投げ付けた。
下世話な…!
洗濯ごときで恥ずかしがってるくせに、なんて不埒な発想をしているんだ!
これだから男は―――
「あー痛い。痛い痛い。今のでまた折れたかも。こりゃもう一晩中看護してもらわないと治らないかも、塔矢のせいで」
「あ、そう。なら病院に行こう」
「病院よりもっといい治療方法があるの…分かってるよな?」
今まで見たことのない『男』の顔になった進藤が、もう逃がさないと言わんばかりの強さで…僕の腕を掴んできた。
「オレの怪我…自分のせいだって何度も言ってたよな?」
「………」
「なら、責任持って看病してくれよな。食事とか洗濯とか掃除だけじゃなくて、体使って」
「…エッチ。最初からそのつもりだったんだろ。スケベ。最低」
どんなに脅されたって、相手は所詮進藤。
ふざけるな!と言って帰ることはもちろん出来たはず。
でもしなかったのは…やっぱり自己満足から。
ただの償いだ―――
「風呂入りたいんだけどさー、なかなか脱げないんだよな」
「……分かったよ」
はぁ…と溜め息をついて、トレーナーを脱ぐのを手伝った。
続いてシャツ…。
男の人の体を見たの…何年ぶりだろう。
確か一昨年緒方さんや芦原さんとプールに行った時以来な気が……
だからもちろん見たのは上半身だけだ。
下半身なんて生まれてから一度も見たことがない気がする。
「あー…下は自分で脱げるからさ、オマエは自分の服脱げよ」
「ぼ、僕も脱ぐの?」
「体洗うの手伝ってくれるんだろ?脱がないと濡れるぜ?着替えないのにいいのか?」
「……っ」
バスタオルを一枚だけ借りて、脱衣室の外でしぶしぶ脱ぐことにした。
タオルを巻けば、確かに水着よりは露出度が少ないけれど。
まだ誰にも見せたことのない裸。
まさかとは思うけど…進藤に見せることになるのか…?
「塔矢〜早くー!髪洗うの手伝って」
「あ…ああ。はいはい…」
バスタオルをしっかりと落ちないように巻き付けて、再びバスルームへ入っていった。
「正直マジ助かる。片手だと時間かかりすぎてさー」
「そう…だよね」
進藤の髪の毛はすごく柔らかかった。
人の髪を洗うのも初めてで新鮮。
美容室みたいに
「痒いところない?」
とか確認してしまった。
「大丈夫。でもオマエの手…気持ちいいからもうちょっと触ってて」
「あ…うん」
洗いながら、こそっと彼の体を見た。
背中…やっぱり広い。
思ったよりがっしりしてて、筋肉もついてて。
毛も薄いイメージがあったけど、脇とか足とか普通に生えてて、男の子はやっぱり処理しないのかな…なんて。
「あー…さっぱりした。次、体な。塔矢、背中背中」
「うん…」
ゴシゴシと上から下へ念入りに洗った。
背中の次は腕。
腕の次は胸…お腹。
下半身はタオルで隠してるけど、大きくなってるのかタオル越しでも盛り上がってるのが分かった。
大きいってことは興奮してるのだろうか。
何だか恥ずかしさで、変に暑くて汗だくになる。
もう怖くて彼の顔なんて見えない。
「塔矢…そこも…洗って」
「あの…自分で洗った方がいいと思う。力加減とか分からないし…」
「優しく触ってくれたら大丈夫…」
腰に巻いていたタオルを取られた瞬間―――僕は固まってしまった。
「塔矢…?」
「む…無理。無理だよ…出来ないこんなの…」
「口で洗ってくれてもいいぜ?」
「進藤…!!キミが今までっ、女の人とどんな肌の重ね方をしてきたのか知らないけど…っ、知りたくもないけど!それを僕に求めるのはやめてくれ!僕は…僕は…っ……処女なんだ」
「ふぅん…だから?」
「男の人の体なんて…見たことのも触ったこともないのに……それをいきなり…」
こんな言い訳…屈辱で涙が出てきた。
でも、知ったかぶりが出来るほどの知識もない。
経験もない。
ただ許しをこうしか出来ない。
なのに――
「――や…っ」
僕の手を掴んで――それを握らせてきた。
固いのに柔らかくて…大きくて太くて長くて。
「オマエの手…細くて気持ちいい」
「進……」
「こう…上下に擦って。そう…」
「……」
「ん…上手いよ。揉んで…」
…この男は一体何を考えてるんだろう。
こんなこと…一から僕に教えて。
触らせて。
大人しく従う僕も僕だけど……
「――…うっ」
「え?――」
達したのか、ぴゅっと先から液体が飛び出してきた。
それは前にいた僕の胸あたりにかかり、バスタオルに染みをつくる。
「はぁ…」
「進藤…」
「汚れたな…バスタオル。もう取れよ」
「え?きゃああ―――」
一気にバスタオルを剥ぎ取られ、思わず悲鳴をあげたのも束の間―――キスで口を塞がれた。
「――…ん……っ」
し、信じられない…僕のファーストキスが……大事に取っておいた初めてのキスが………
「んっ…、んん…っ、ん…―」
舌を口内に入れられ、探るように貪られた。
あまりにも強引なキスについていけず、ただぎゅっと目を閉じて離してくれるのを待った。
どうしてキスなんか…
どうして僕に……
「――っ…はぁ…、はあ…は…」
ようやく離されると、もう気力を吸い取られたようにグッタリと力が抜けて、彼に体を預けるように凭れてしまった。
左手でぎゅっと引き寄せられる――
「進…藤」
「ごめん…調子乗りすぎた。ちょっと欲求不満でさ…こんな手じゃロクに処理出来なくて」
「……」
「経験ないのにごめんな。…でも個人的には、23にもなって男性経験なしってちょっとありえないと思うけど」
「…悪かったな。どうせ碁馬鹿だよ」
「興味ねぇの?」
「人並みにはあるつもりだ。もし彼氏から求められたら…普通にすると思うし」
「彼氏いないくせに」
「仮定で言っただけだ!キミに心配されなくてもそのうち出来る!」
裸で抱き合ったまま、僕らは何を言い合ってるんだろう。
まだ処女なのがそんなに変なのか?
世の中にはそんな女の子、いくらでもいるだろう?
(…たぶんだけど)
「…乳首立ってる」
「きゃあ!!」
いきなり胸を掴まれ、慌てて彼から離れた。
右腕で胸を、左手で下半身をしっかりと隠す。
「…塔矢さぁ、オレとする気ないの?」
「…は?」
「というか、オレが欲求不満なのはオマエのせいなんだから、責任とって相手してくれないとな」
「な…っ」
「来いよ」
「ちょっ……」
手を引っ張られて―――寝室に連れていかれた。
一人で寝るにはやけに大きなベッド。
その中央に座らされて、彼も目の前に座って…僕の裸をいやらしい目でじろじろ見てくる。
負けじと僕も進藤の体を凝視してやった。
怪我人のくせに…元気な下半身。
またさっきと同じぐらい大きくなってる……
「オマエの胸…何カップ?」
そっと優しく…乳房を掴まれた。
ぷにぷにと揉まれる。
「B…かな」
「Aだろ」
「Bだよ!…ぎりぎり」
「ふーん」
触り方、弄り方がやけに上手くて、僕は手で口を塞いだ。
漏れる喘ぎ声を必死で抑えた。
声なんか出したら、ますます彼は調子に乗るだろう。
「塔矢…」
「あ……」
トンっと肩を押され、ベッドに倒された。
上から体重をかけられ、体中が彼と重なり…重さと温かさを直に感じた。
やだ…下半身が僕のあの場所に当たってる。
彼が身動きする度に擦れて、入るわけないけど今にも入りそうで、ゴムもつけてないのにと思うと怖かった。
「あー…くそ。触りにくい…」
右手はもちろん動かない。
左手で上半身の体重を支えてるから、実際に愛撫が出来るのは唇だけ。
しばらく胸を吸って弄ってた彼だけど、体勢に疲れてきたのか体を離してしまった。
「…くそっ、痛い」
「じゃあ止めよう進藤。別に無理に抱かなくても…手で出すのはいつでも手伝ってあげるから」
「やだ。オマエの中に入りたいもん」
「………」
やがて上に乗るのを諦めた彼が、自身もベッドに横になった。
「塔矢、交代。オマエが上に乗れよ」
「え?」
「そうだよ、だいたい怪我人が動くなんて変じゃん。塔矢が動くべきだ」
「動く…って言われても、どうすれば…」
「とりあえずオレの上に乗って」
「…うん」
太ももあたりに跨いで座ってみた。
すぐ前にある彼の急所に触れてみる。
「ん……」
進藤も手を伸ばし、再び僕の胸を触ってきた。
「ぁ……進藤…」
「気持ちいい?」
「ん……キミは…?」
「いいよ…上手い」
さっき教えてもらった通りに扱くと、どんどん固さを増してきた。
先からまた少し…液体が出てきてる。
「塔矢…舐めてよ」
「え?」
「どんな舐め方でもいいからさ、オマエの好きなように。頼む」
「…少しだけ…なら」
「サンキュー…あ、どうせなら逆向いてほしいかな」
「逆?」
「そ。この辺に座ってさー」
「…それって、69…?」
「あれ?意外と知識あるじゃん。当たり。舐めあいっこしようぜ」
「………」
恐る恐る…お尻を彼の方に向けた。
…と、僕も集中しなくては。
取りあえずペロっと上の方を舐めてみた。
「きゃあ!!」
同じタイミングで下半身を触られて、跳び起きた。
指で弄られ、いやらしい音が僕の耳にも聞こえ出す。
「ひゃ……っ、ぁ…う…」
舌の感触。
やだ…舐められてる。
「…ぅ……ぁ…ぅ」
恥ずかしさと気持ち悪さで涙が止まらなかった。
指が秘部に入れられて、容赦なく内部を探られて、何度も出し入れされて。
一本だけならまだしも、二本三本と増やされて。
痛い。
けど快感も感じてきて……悔しかった。
「塔矢…オマエ全然舐めてないじゃん」
「だ…って…」
「ま、いいけど。それよりそろそろ挿れようぜ」
「………」
促されるがままに、体を起こした。
動かない進藤。
どうやら僕の初めては正常位ではないらしい。
自分で挿れろ、と。
「進藤…ゴムは?」
「あ、忘れてた。ないや…。オマエ持ってねーの?」
「持ってるわけないだろう…!」
諦めて、そのまま乗ることにした。
大丈夫…たぶん排卵日はずれてる。
「出来ても責任取るから心配するなって」
「怖いこと言わないでくれ!もう…」
彼のものを手で固定し、恐る恐る…入口に合わせた。
ゆっくりと……体を落としていく――
「痛……っ」
「すげ…狭っ」
「あ…無理。無理無理もう…」
痛さに耐え切れず、一度抜こうとしたその時――腰を掴まれて下から思いきり突かれた。
「あぁ…っ――」
「塔…矢…、は…」
「やっ…!痛っ…ぁ…う…―」
奥まで差し込まれ、しばらくすると……痛みに慣れてきたのか、次第に快感がこみあげてきて――
彼に突き上げられる度に、口から喘ぎ声が漏れた。
「あ…っ、あん…ぁっ、は…ぅ」
「塔矢…可愛い…」
「進っ…ど……」
腰から頬に移動した彼の手が――僕の顔を彼の唇へと導いた。
「――…ん…っ、ん…」
繋がったまま、キスを何度も繰り返す。
優しくて、甘くて。
何だか心までも進藤と一つになれたような気がした。
「――…あっ」
「塔矢…っ!出…」
「あぁ…っ!」
お互い達した後、僕は彼に体重を預けて息を整え、余韻にひたった。
背中に回された手がすごく心地いい。
この充実感と安心感は一体何?
体を重ねると…誰でもこんな気持ちになるのだろうか……
「塔矢…すげぇよかった。ありがと…」
「……別に」
「痛くない?」
「平気…」
体を起こして改めて確認すると、やはり少し出血していた。
でもそれ以上に二人の愛液でびしょびしょ。
とてつもなく恥ずかしかった。
「今日…泊まっていけよ」
「そうだね…そうさせてもらおうかな」
まるで恋人同士みたいに、抱き寄せあって…目が合う度にキスして――僕らは不思議な一夜を過ごした。
「キミのせいだ!」
「オマエのせいだろ!」
三ヶ月後――完治した進藤と、僕らはまたいがみ合っていた。
「キミが用意しておかなかったから!」
「男任せにすんじゃねーよ!だいたい自分の体のことだろ?危険日ぐらい知っておけよな!」
「大丈夫だと思ったんだ!」
喧嘩の原因はもちろん―――お腹の子供のこと。
どうやらあのセックスで、子供が出来てしまったらしい。
いや、その次…次の次かも?
あれ以来、彼に誘われるがままに何度もエッチしたから、いつの子供かは特定出来なかった。
「もう…こんな体じゃドレスも着れないよ」
「え〜?大丈夫だろ。全然目立ってないじゃん」
進藤が僕のお腹に触れてきた。
意外に嬉しそうだ。
「オレら親になるんだよな〜。すげぇ…」
「僕らが夫婦になるのも想像つかないけどね…」
「嫌か?」
「…別に」
「オレも。オマエのこと結構好きだし」
「……」
「オマエ毎日メシ作ってくれてたじゃん?実はすげー嬉しかったんだよな」
「…これからも毎日作るし」
「頼むな♪」
もうすぐスタートする進藤との新婚生活。
意外に楽しみだ―――
―END―
何だこれは…!!
(読み返して絶叫してしまいました…)