●7 DAYS LOVERS 21●
大盤解説は午後からも順調に進んでいった。
結局は緒方さんが勝利して、今期のNCC杯は幕を閉じることとなった。
「ただいまー」
「おっ帰り〜」
家に帰ると進藤が笑顔で出迎えてくれた。
「食事にします?お風呂にします?それてもオレ〜?」
「は?」
一度言ってみたかったんだ、と一人ジーンと感動している。
「オマエにも言ってもらいたいな〜。今度交代しようぜ♪」
「い・や・だ」
「何でだよー」
「キミなら絶対僕を指名してくるだろ?」
「…よく分かってんじゃん。オマエもオレを指名してくれていいぜぇ?」
「いや、僕は食事にするよ」
進藤の頬が膨れ上がった。
「ちぇっ!つまんねーの!」
ブツブツ足で廊下を蹴りながら台所に向かい始めた進藤を、慌てて呼び止めた。
「あ、進藤!今日電話なかったか?」
「電話?あー、昼過ぎに1回鳴ってたけど、オレ取らなかったぜ?」
ほっ…。
良かった、まだかかってきてないみたいだ。
「あぁ、それは僕なんだ」
「え?!何か用事だったのか?ごめん、オレが取るのはマズいと思って…」
「うん、それでいいよ。家の電話にはキミは出ないでくれ。…それより…」
「それより?」
ちょっと頬を赤めた僕を見て、進藤が嬉しそうに近寄って来る。
「キミの…携帯の番号、教えてくれないか…?」
「あれ?まだ言ってなかったか?」
「聞いてない…」
「んじゃ、ちょっと待って」
電話横のメモ用紙に書き始めた。
「これが携帯でー、メールにー、実家の番号にー…」
進藤の指の動きが突然止まった。
「…どうかした?」
「…つーか、オマエも携帯ぐらい買えよ」
「あ、うん。今度の休みの日にでも買いにいくつもり。そろそろ無いと不便になってきたし…」
「え!マジ?!」
進藤の顔が急にぱぁっと明るくなった。
「オレも付いて行ってやるよ。ついでにオレも機種変えるからさ、お揃いにしねぇ?」
「え…、それはちょっと―」
いくらなんでも恥ずかしいような…。
「じゃあ色違いでいいからさ〜」
「うーん、まぁ色が違うなら…」
よしっ、と進藤が小さなガッツポーズをしたのが見えた。
そんなに嬉しいのかな…?
「今日ね…キミの番号を知らないって気付いた時、僕はキミのことを何にも知らないんだなって思い知らされたよ…」
「そんなことないだろ?」
「いや、本当に知らないんだ。キミの誕生日でさえね…」
少し進藤は眉を寄せたけど、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
「そんなもん、棋院のホームページ見りゃ一発じゃん。誰でも仕入れれる情報だし。でもオマエはオマエしか知らないオレの一面を知ってるだろ?」
今度は僕の方が眉を傾ける。
僕しか知らないキミ…?
何かあったかな…?
碁を打ってる時のあの眼差しとか…?
いや、それこそ進藤が打っている所を見たことがある人なら誰でも知ってるだろう…。
困惑してる僕を見て、進藤がイヤらしく笑った。
「ヒントはー、夜!」
「夜?」
あ…
一気に顔が真っ赤になってしまった。
「分かった?」
「あ、あぁ…」
「じゃあ何か言ってみて?」
「……っ」
ますます温度を上げている僕の顔を覗きこんでくる。
「オレ、言ったよな?オマエが初めてだったって―。オマエとしかしたことないんだ。つまり、オマエしか知らない…」
「ぼ、僕だって!キミ以外知らないよ!」
進藤の顔の表情が変わってきた。
彼は普段はものすごく愛くるしい笑顔を皆に振りまいている。
だけど、こういう雰囲気になるにつれて大人っぽい落ち着いた顔に変わるんだ。
何もかも見透かされてるような…、どんな抵抗をしても無駄なような…、全てを包みこんでくれるような…、特別な表情だ。
たぶんこの表情も僕しか知らないんだろう。
「好きだよ…」
こういう甘い台詞を吐く彼も僕しかしらない。
抱き締められた腕の中で、自分がすごく落ち着いているのが分かる。
彼に触れられると…自分でも不思議なくらい安心出来るんだ。
進藤が側にいてくれるだけで、僕は安堵感を覚える。
ずっとこうしていたい―
離れたくない―
僕はもうキミなしじゃ生きていけない―
一度味わってしまった甘い蜜を忘れることなんて…もう出来ない―
プルルルル
「お、電話だぜ塔矢」
「……」
プルルルル
プルルルル
「取らねぇの…?」
「……」
ぎゅっとしがみついている僕を見て、進藤が不思議そうに顔を覗いてきた。
「塔矢…?何泣いてんだよ…」
「……なんでもない」
ゆっくり体を離して、涙を拭いながら電話の方に歩いて行った。
プルルルル
受話器に手を乗せて、もう一度進藤の方を振り返ってみる。
早く取らないと切れるぜ?と焦っている彼の顔が見えた。
キミはこの電話の意味を知ってる…?
カチャ…
「はい…塔矢です…」
楽しかった時間にもうすぐ終わりがやってくる―
CONTINUE!