●NOVEL●





「これ面白いから読んでみろよ」


和谷に紹介されて生まれて初めて(本当にマジで初めて!)小説というものを読んでみた。





オレと同じ囲碁棋士である主人公『日向』の友情と成長の物語。

話は日向が小学6年生の時から始まる。

そう――とある駅前の碁会所で、のちに永遠のライバルとなる『篤史』と出会うところから。

篤史はいわゆる二世棋士で、物心がつく前から碁石に触れていた。

篤史は同年代の棋士では敵ナシだった。

既にプロでも通用する棋力を持っていたはずの篤史が、この日初めてコテンパンに負ける。

それもこんな碁石もロクに掴めないような日向に。

コミを入れたら篤史の勝ち?

そんなレベルじゃない。

まるで指導碁。

遥かな高みから見下ろされているような碁だった。


以降、全力で日向を追い掛ける篤史だが、日向の棋力はふらふらしてていまいち定まらない。

時にはまるで初心者のような碁を打つ。

時には誰もが溜め息を漏らすような美しい碁を打つ。

日向と打っているとトップ棋士である篤史の父よりも高い壁を感じる時もあった。

それなのにプロになる気は更々ないという。

そんな日向をプロの道に引っ張っていったのはやはり篤史だった。

さっさとプロになった篤史を追い掛けるように、翌年日向はプロ試験をパスする。




「………」

「な?面白いだろ?」

「面白いというか……興味深いな」


半分ぐらい読んだオレの正直な感想だった。

囲碁小説…とでもいうのか。

人間関係をメインで描かれてるけど、作中にはかなりレベルの高い棋譜がごろごろ出てきていた。




中盤以降は、日向と篤史がよきライバルとして上を目差す様が描かれていた。

初めてリーグ戦で戦う。

初めて七番勝負で戦う。

棋士の心理を驚くほどリアルに生々しく。


それぞれの恋愛模様も少しだけ書かれていた。

日向は幼なじみの女の子と、篤史は棋士の妻になるに相応しい女性とお見合いをして…。

ライバルだけど同時に友達でもある二人は、それぞれの結婚を心から祝福していた。


でもプライベートより囲碁の方が大事な二人は似た者同士。

ライバルで。

ライバルで。

時に親友で。

こんなにも素晴らしい関係が他にあるだろうか。

男女じゃ考えられない、男女間じゃ絶対にありえない。


中年になっても。

老年になっても。

引退しても。

二人は神の一手を目指してただ囲碁のことだけを考えて生き、仲良く打ち続けましたとさ。終わり。…みたいな話。





「面白かっただろ?」

という和谷に、

「ちょっとだけ借りるな」

と小説を拝借して、オレはアイツの元へ急いだ。














「なんなんだよこれ!」


着くなり塔矢の胸に小説を押し付けた。


「これ書いたのオマエだろ!」

「…どうしてそう思う?」

「出てくる日向と篤史の棋譜、オレとオマエが打ったものばっかだった。しかも二人しか知らないはずの、プライベートで打った時のまで」

「僕には小説を書く時間なんてないよ」

「じゃあ他の誰かに代筆させたんだな。そんなことどーだっていい、問題は内容!二人の関係!性別!」

「……いい話だったろう?」


こうだったらよかったのに…と、塔矢は呟いた。


「男同士だとこんなにもあっさりと上手くいくんだ。一生囲碁のことだけを考えて一緒にいられるんだ…」


――悔しいよ進藤…。

どうして僕らは男同士じゃないんだろう…。

どうして僕は女なんだろう…。――


「男だったらよかったのに…。男だったら…キミにこんな気持ち…抱かなくてすんだのに…」


それは恋人という今のオレらの関係を全否定した言葉だった。


「…じゃ、別れる?オマエの望み通り…オレは幼なじみと結婚すればいいのか?」

「それが出来ないから悔しいんじゃないか。一度愛してしまったキミから僕は離れられない。誰にも渡したくない。ライバルだけにはもう戻れないんだ」


――キミと一緒にいると僕は囲碁以外のことも考えてしまう。

キミに触れたい、抱き合いたいと思ってしまう。

そしてあっさりと実際に絡まってしまう自分が情けない。――


「僕が男だったら…そうやって愛し合ってる時間も全て囲碁に費やせたのに…」


もっともっと棋士として有意義に時間を使えたのに――と本気で涙を見せるコイツの頬に手を添えた。


「…バカだなぁ塔矢は」


本当、バカだ。

囲碁バカだ。

単純過ぎる。

思わず笑みが零れるほどに――


「例え男だったとしても結果は同じだよ。男でも絶対オレはオマエを好きになった」

「ばかな!男同士だぞ?」

「うん、それでも。オマエの小説みたいに上手くいくはずないよ。オレらがライバルとか親友だけの関係で満足するはずがないもん。お互いの結婚を祝福?んなの天地がひっくり返ってもありえないって」

「そんな……」

「きっと男になっても、オマエおんなじように小説書いてると思うぜ」

「…え?」

「どうして僕は女じゃないんだ、女だったら関係も公に出来るのに、堂々と付き合って結婚して子供も作れるのに、ってな。それはもう壮大で深くて甘〜い恋愛小説を長々書いてくれたと思うぜ」

「………」


そ………


そうかもしれないね…と、やがて塔矢は諦めたように小さく呟いた。


「キミの言う通りだ…。僕らは男でも女でも引かれあう気がする…」

「当たり前だって。オレらはお互いに唯一無二な存在なんだからな。オマエなしじゃオレはここまで強くなれなかったし、オマエなしじゃ…きっと本当の恋も知らなかったと思う」

「うん…僕もだ」

「だからさ、もうつまんないコト考えるなよな。んな暇あったらもっと打とうぜ!」

「―――ああ!」


それかもっとエッチしようぜ!って付け足したら叩かれた―――真っ赤な顔して。







ちなみにこの小説はやっぱり塔矢が書いたものだったらしい。

(3年ぐらいかけてちょこちょこ書いてたらしい)

元々出版社の方からお願いされたのはエッセイだったのだが、塔矢の希望で小説に変更してもらったらしい。

自分の理想をどうしても書き上げたかったのだとか。



「オマエって意外と文才あるんだな。さすが海王」

「学校は関係ないと思うけど…。まぁ…現代文は一番得意だったかな」

「……なぁ、今度はフィクションも書いてみねぇ?」

「は?」




――オレと佐為の思い出を…オマエの手で書いてほしいな。

もちろんハッピーエンドで!

佐為にちゃんと『ありがとう』って伝えられてる、オレの理想の話を――






―END―











以上、小説まで書いちゃったアキラ子さんなお話でした〜(笑)
まさかの暴露本になっちゃったんじゃないかな?
ちなみにヒカル君は囲碁や趣味(服とかバイクとか車とかマンガとか?)以外の本は全く読まないと思う。
アキラさんは遠征の移動中、新幹線の中とかで小説とか本とか読みまくってると思う。(ヒカルは移動中は常に寝てそうだな〜)