NEXT DAY





僕は基本、放課後に休んだ日の補講を受けて来るから帰りが遅い。

しかも先週は3日も休んでしまったから、今日は18時を過ぎての帰宅になってしまった。


「ただいま」

「あ、お兄ちゃんお帰り〜」


能天気に挨拶してくる妹のポニーテールを掴んで、思いっきり引っ張ってやった。

それはもちろん、僕と精菜が先日の大阪での十段戦の後、初めてセックスしたことを京田さんにバラされたからだ。


「いたたたた……お兄ちゃんごめん〜〜ついウッカリ〜〜」

「ウッカリじゃないよ全く!」

「だって〜〜」

「だってじゃない!」

「えーん京田さん助けて〜〜」


和室で父と打ってた京田さんがこっちに視線を向けてくる。

でも父に何かを言われ、また慌てて碁盤に視線を戻していた。

無理もないけど、父と京田さんの間に不穏な空気が漂っている。

それはもちろん、昨夜彩が京田さんちに泊まったからだろう。

僕は急いで着替えて助けに行くことにした。


「お父さん」

「あ、佐為ちょっと待っててくれる?もうすぐ終局だから」

「…分かった」


父の目が鋭い。

言い方もキツイ。

明らかにいつもの父ではなかった。


「……ありません」

5
分後、京田さんが頭を下げてきた。

すぐにガチャガチャと父は石を片付け出した。


「京田君、今日ヌルい手多かったけど、オレに遠慮してるの?」

「……そういうわけでは」

「じゃあ何?寝不足で頭が回らないとか?」

「……いえ」


京田さんが何時から来てたのか分からないけど、ずっとこんな感じでネチネチ言われ続けてたんだろうか。

僕も他人事じゃないから同情する。

(
僕も緒方先生に次どんな顔をして会えばいいんだろう……)


「お父さん、もういいんじゃない?彩にいつかは彼氏が出来ることくらい分かってただろ?」

「そりゃそうだけどな。でもいきなり外泊はないだろ」

「……すみません」


京田さんがまた謝っていた。

フンっと鼻息荒く乱暴に石を片付け終えた父と、そのまま研修会をスタートさせる。

一時間後、キリのいいところでいつものように夕飯を取ることになった。

父と僕と京田さんと。

そして母と彩も一緒だ。

相変わらず父はピリピリしていたが、母が帰ってきて「ヒカル、いい加減にしろ」と牽制してくれてからは、大人しくご飯を口に運んでいた。


「私、納得いかないんだよね。お父さんだってお母さんと付き合ってた時、外泊くらいしたことあるんでしょう?」

そのまま大人しくさせておけばいいものの、彩が父に突っかかる。

「無いね」

キッパリと言い放った予想外の回答に、彩も僕も目を丸くした。


「嘘でしょ?!」

「嘘じゃねーよ。なぁ?アキラ」

母も頷く。

「外泊はなかったかな……外泊は、ね」


その意味深な回答に、察するところがあった。

泊まってはいないけど、おそらく父のことだからホテルのデイユースを利用していたか、ラブホを使っていたんだろう。

両方の祖母が専業主婦で常に家にいるから、自宅という選択肢は無いはずだ。

そういう僕は今後、精菜とどこですればいいんだろうと悩む。

タイトルを取ったからには今まで以上に行動には気を付けなければならない。

僕が一人暮らしを始めるまではやはり精菜の家か……この前みたいに遠征時に彼女を同行させるか……


「でも私、やっと京田さんと恋人同士になれたんだもん。たまにならいいでしょう…?」

「駄目だ」

彩が上目遣いでキラキラとおねだりするも、父がキッパリと否定する。

「お母さーん、この頑固オヤジ何とかしてっ」


彩が母に泣きつくと、「仕方ないな…」とまたしても母は父を諭し出した。

京田さんが相手なんだから心配することないだろと。

あんまり反対ばかりすると子供は反抗して家を出ていっちゃうよと

18
歳になったらすぐ結婚しちゃうかもよ――キミが僕にそうしたように、と脅していた。


「オレ…塔矢先生に謝ってこようかな。先生の大事な娘さんになんてことをしてしまったんだろう…」


18
年経って、ようやくそのことに気付いた父は、自分が同じ立場になってみて初めて反省していた。

今更謝られてもと思うけれど。

僕も緒方先生に謝ることにならないよう、とりあえず避妊だけはしっかりしていこうと心に誓う。


ちなみに横でずっと黙って僕ら家族の会話を聞いていた京田さん。

思うところがあったのだろうか。

研究会が終わった帰り際、彩と玄関で話してるところを偶然聞いてしまった。

(父はお風呂だ)


「外泊はなるべくしない方向で行こうか…」

「えー…そんなぁ…。じゃあしばらくエッチ出来ないの…?」


あまりにも直接的な妹のセリフに、思わず僕は飲んでいたコーヒーで噎せた。

京田さんが頬を赤める。


「じゃあ……明日の放課後俺ん家に来ていいよ」

「ホント?!ありがとう京田さん!大好き!!」


京田さんの胸に飛び込む彩。

そのまま顔を近付けてキスでもしようかと言う時に――「ゴホン」と背後から咳払いをする音が聞こえた。

バッと振り返るとお風呂から出たらしい父が仁王立ちしていた。

彩と京田さんも慌てて離れていた。


「…京田君、研究会はもうとっくの昔に終わったよ。さっさと帰れば?」

口許はかろうじて緩んでいるが、父の目は全くもって笑っていなかった。

「は、はい、ありがとうございました。お邪魔しました…!」

と京田さんは退散していった。

そんな態度の父に向かって彩が「お父さんなんて大嫌い!!」と叫んだことは言うまでもない――





END







以上、彩と京田さんが付き合い始めた翌日に行われた研究会での一コマでした〜。
険悪ムードすぎますな!(笑)
そしてヒカルは気づくの遅すぎですな!今更謝られてもねvv