●NEW LIFE●
「ねぇねぇ、アレ本物?」
「うっそ、マジマジ?」
「絶対本人だよね、だってここ市ヶ谷だし」
「話しかけてみる?」
「無理無理〜〜オーラ半端ないもん」
「時計気にしてるし待ち合わせなのかな?」
「えー?誰と?女の子とだったらショックー」
待ち合わせ場所の駅前のカフェに到着すると、店内の女性客が色めき立っていた。(店員も)
彼女達の視線は全て一番奥の窓側に向けられている。
俺は一目散にそこへ向かい、持っていた書類を筒状に丸めて、その人物の頭をペシペシと叩いた。
「進藤、マスクはどしたん、マスクはぁ」
「西条…遅いじゃないか」
進藤が読んでいた本をパタンと閉じた。
「遅ないわ、時間通りやろ?それよりマスクはどしたん?店内中がお前の方見よるやん」
と言いながら向かいの席に座る。
「忘れた」
「忘れたぁ?お前が?」
「書類を事務に提出するだけのつもりだったからね。車で来たし、すぐ帰るつもりだったし」
「あ、そうなん?ごめんな呼び出して」
俺はこの春から大学に進学した。
午後からの講義が急遽休講になったので、何となく進藤に連絡してみたのだ。
『進藤、今何しよん?今日ヒマやったりする?一局打たへん?』
『今棋院。暇ではないけど、いいよ。どこで待ち合わせる?』
『ほな15分後に駅前のいつものカフェで』
『了解』
「大学はどう?」
と言いながら進藤がカバンからマグ碁を出してきた。
「まぁまぁやな。棋院から近いから何かと便利やけど」
と店員にコーヒーを注文しながら返答する。
「そうだよな。家も近くなんだっけ?」
「そやね、2駅先。今度進藤も遊びに来てよ」
「うん」
「進藤もだいぶ片付いた?」
「うん。またいつでも来て」
「ほな今日行ってもいい?」
「今日は駄目。夕方精菜が来るから」
「ほ〜相変わらずラブラブやな」
「まぁね」
高校卒業と同時に一人暮らしを始めた俺ら。
ようやく手に入れた自由。
もちろんお互い恋人も呼びまくりだ。
「進藤はもう緒方さんに合カギ渡した?」
「うん。引っ越したその日に」
「早っ」
「西条はまだ渡してないんだ?」
「なかなかタイミングが難しくてな…」
「そうなんだ?」
「……」
マグ碁でも一応ニギって、先番を決める。
カフェなので小声で「「お願いします」」と軽く頭を下げた。
今のアパートに入居した時に渡された鍵は2本。
予備の1本を奈央にどう渡すべきか、俺は悩んでいた。
下手したらプロポーズ並みに緊張する。
即日渡せてしまう進藤を尊敬する。
「進藤は……何て言って渡したん?」
パチパチ、マグネットの石を貼り付けながら聞いてみる。
「別に…普通に。『はい、精菜の分の鍵。いつでも来てくれていいから』って」
「へぇ〜、で?緒方さんどんな反応やった?」
「ちょっと目が潤んでたかな」
「へぇ〜〜」
「でもやっぱり合カギ渡してると便利だよ。夕飯作って帰りを待っててくれることも多いし、朝も僕だけ先に出ても問題ないし」
「……進藤、しれっとノロケとるやろ」
「だってこんなプライベート、西条か京田さんくらいにしか話せないしね」
にこにこしながら嬉しそうに惚気てくる進藤。
夕飯とか朝とかいうキーワードに、進藤が普通に緒方さんを部屋に泊めてるんだと悟る。
(緒方先生何も言わんのやな……)
奈央の家は外泊は基本NGだし、ハタチを超えた今でも門限も相変わらずある。
だからちょっと……いや、かなり進藤が羨ましい。
「京田さんも彩ちゃんに渡してるん?」
「みたいだね。彩の帰りが遅いって父は相変わらず僕や母にブツブツ言ってくるよ。彩や京田さんに直接言えばいいのに…」
「進藤家は外泊オッケーなん?」
「まさか。だから遅いだけでちゃんと彩も帰っては来るよ」
「でも緒方家はオッケーなんや?」
「そうらしいよ。精菜曰く、精菜はもう僕のモノだからって…」
「ああ…新初段シリーズの時の賭けか。賭けておいて良かったなぁ進藤。今頃役に立ってるやん」
「本当にね」
「まぁヤり過ぎて妊娠ささんようにな」
「…うん、気を付けるよ…」
進藤の顔が少しばかり赤くなった。
終局間近になって、俺の携帯が鳴る。
奈央からLINEだった。
『今から行ってもいい?』――と。
こういう時、合カギ渡してたら
『いいよ。すぐ帰るから先に上がってて』
と返せるのに…と残念に思う。
仕方なく俺は
『いいよ。今棋院の近くで進藤と打ってるから30分くらいで戻れると思う』
と返した。
「進藤ごめん、今から奈央が来るって。これ終わったら帰るわ」
「分かった」
早く終わらすのに協力してくれたつもりなのか、途端に容赦なく攻めだして来た進藤。
おかげで俺は呆気なく投了した。
さすが三冠。
十段の防衛もストレートで難なく果たしたコイツは相変わらず強すぎる。
でもってこんな凄い奴と簡単に打つ機会が持てる俺って、やっぱりかなりラッキーな気がする。
「ほな進藤、またな」
「ああ。金森さんによろしく」
「進藤も緒方さんによろしく」
「うん」
駅前で別れて、俺は地下鉄へ、進藤は棋院の駐車場に車を停めてるのか、棋院の方へ歩いて行った。
(俺も早く免許取らななぁ……)
アパートに着くと、部屋の前で奈央が待っていてくれた。
俺の姿を見て途端に笑顔になる彼女。
俺の方も自然と笑顔になる。
「ごめんな、待った?」
「ううん、私も今着いたから。ごめんね、進藤君と打ってたのに…」
申し訳なさそうにする彼女に、俺の方も申し訳なくなった。
だから部屋に入って、俺はすぐにソレを取りに行った。
「奈央、これ…」
「え…?」
彼女の手を取って、手のひらにソレを握らす。
「今度からは待たなくていいから。先に入ってて」
「悠一君……」
奈央が大事そうに胸元で握った。
この部屋の合カギを――
「ありがとう…すごく嬉しい」
「奈央…」
俺の胸に抱き付いて来た彼女に。
俺も直ぐ様抱き締め返して熱いキスをしたのだった――
―END―
以上、西条が奈央に合カギを渡した日の話でした〜。
高校卒業後の4月です。佐為も西条も一人暮らしを始めてます。
佐為はそりゃもう嬉しくて精菜を泊めまくりです(笑)
と言ってもお互い忙しいので週に2回とかそんなんだと思いますが。
精菜は彩みたいにずっと入り浸ってはないと思いますw