●NARITA●





「どうしたアキラ君?最近無気力気味だな」



横浜のホテルで行われている王座戦・第四局。

現王座の緒方さんに、挑戦者の僕は盤外戦を持ちかけられた。

打ち掛けになって、自分に与えられた控え室で、項垂れていた時だった。


「もっと本気で奪い取りにこい。潰しがいがないだろう」

「……すみません」


小さく溜め息を吐くと、緒方さんがニヤリと分かった顔で口元を上げた。


「確かにこの時期に、先週の日曜の式は痛かったな。流石のアキラ君も立ち直れないわけか」

「……」




先週の日曜日―――進藤の結婚式があった。

南青山にあるそれはそれはお洒落でモダンで華美な会場で、囲碁関係者も大勢呼ばれ盛大に執り行われた。

もちろん僕も招待され、僕の見ている目の前で、彼は妻となる女性と一生の愛を誓い合い、口付けを交わしたのだった。



――目眩がした。



何度も倒れそうになった。

けれど僕の女性離れしたこのとてつもない忍耐力と精神力がそれを許さず、最後まで仮面の笑顔で二人を祝福し続けたのだった。



―――なのに

今頃になってその時の無理が祟ってきた。

大事な大事なタイトル戦の挑戦手合いで。

今日勝てば3期ぶりに王座へ復帰出来るのに。

前半が終わった時点で既に敗けが確定しているようなものだった。

それぐらい今日の僕はボロボロな碁を打っていたのだ。




「確か進藤は今日帰ってくるんだったな。新婚旅行から」

「そ…ですか」


進藤は式当日の夜から慌ただしくホノルルへ新婚旅行に出かけていった。

3泊5日の短い旅程で、今日の夕方には帰国する予定だ。

別に知りたくもない情報だったが、面白おかしく僕の耳に入れようとする人達が僕の回りには大勢いるのだ。

皆僕の反応を見て楽しんでいるのだ。

元恋人が他の女性と結婚する――しかも別れてからまだ半年も経っていないのに。

さすがの塔矢アキラも潰れるだろう――と。





そう――僕と進藤はほんの半年前まで交際していた。

まだ10代の時から10年以上も。

それは周知の事実で、結婚も秒読みだと噂されていた。


――けれど半年前

いつもの検討中の言い争いから始まり、最後はあの進藤の手が出るほど酷い喧嘩をし、結果…別れてしまったのだった。

その後彼は後援会の進めるお見合いをホイホイ受け、あっという間に婚約。

そして先週の日曜日、ついに結婚式まで開いてしまった。

もう僕のことなんて忘れ、一人幸せになってしまったのだ。






「……っ……」



思い返すと涙が溢れてくる。

緒方さんの目の前なのに。

絶対に弱音なんて見せたくない、吐きたくない人の前なのに。

でも僕にはもうどうすることも出来なかった。

何もかもだ。

これからどうやって生きていけばいいんだろう。

進藤抜きで。

あと何年、何十年あるか分からない残りの人生を、彼抜きで。

どうやって一人で生きて行きていけばいいんだろうか。

果たして生きていけるんだろうか。




「…なら、アキラ君は俺と結婚してみるか?」

「……え?」


思わず泣き顔をあげると、意外にも優しい兄弟子の顔があった。

緒方さんと結婚…?


「はは…僕に三人目の妻になれと?」

「ああ、そうだ。ここまで来ると戸籍にいくらバツ×が付いても開き直れるさ」

「……」


緒方さんは僕と進藤が交際していたこの10年で、二人の女性と結婚し、別れていた。

僕を三人目の妻にしてくれるらしい。

そしてまた別れても…ということか。

緒方さんの意図がなんとなく分かり、僕は首を縦に振った。



「分かりました、結婚します」
















案の定、王座戦の第四局は緒方さんの勝利で決着がついた。

その勝利者インタビューの時に、早速緒方さんは僕達の結婚を記者達に発表した。

突然の朗報に会場は脇立ち、一気に祝福ムードへと変わっていった。

敗けたはずの僕にも「おめでとうございます」と次々に声をかけられる。

ただ一人を除いて、全員が僕らの結婚を祝ってくれたのだ。


そう――ただ一人を除いて……







「あれ?進藤…?」

「塔矢!今の話本当か?!」


終局したのは夕方の5時で、今もまだ6時にすらなっていない。

それなのに、ありえない人物がこの横浜の会場に来ていた。

息を切らして。

手には何故かパスポートを握ったまま。



「キミ…新婚旅行に行ってたはずじゃ…?」

「行ってたよ!ついさっき成田に着いたとこだ!慌ててここに直行したら、すれ違った記者どもがオマエと緒方さんが結婚するって…っ」

「…そうだよ、緒方さんと結婚することにしたんだ」

「なん…で…」


進藤の顔は青かった。

真っ青になって奮えていた。


「何故って?そうだね…あえて言うなら、キミが結婚してしまったから、かな」


絶望していた僕に緒方さんが声をかけてくれたんだ。

僕を三人目の奥さんにしてくれるって。

キミと同じように、僕も幸せになるよ。

きっと緒方さんなら間違いないと思う。



「…ふざけんな…」

「僕は本気だよ?」

「緒方さんなんかと結婚して幸せになんかなれるわけがないだろ?!」

「なれるよ!だいたいキミに反対される筋合いはない!僕がそうしたように、キミも僕と緒方さんの誓いのキスをただ指を加えて見てればいい!」

「アキラっ!!!」



進藤が僕を抱き締めてきた――



半年ぶりの彼の包容に僕は安堵を覚え――そして嫌悪感を抱いた。




「離せ!汚らわしい!僕に触るな!」


他の女に触れた手で、他の女を抱いた体で僕に触らないでくれ!

汚らわしい!



「――ごめん、アキラ」

「……」

「ごめん、本当にごめん。他の奴と式挙げてごめん」

「今更…そんなこと言ったって…遅い」


もう二度と触らないでほしいはずなのに、僕の手は勝手に彼の胸にすがり付いた。

もう他の人のものなのに、やっぱり手放せない自分がいて、みっともなくて泣けてくる。



「遅くないよ。きっとまだ間に合う。オレと結婚しよう、アキラ」

「……は?」


僕は顔をあげた。

理解出来なかった。

結婚してるくせに、平気でプロポーズしてくるこの男の意味が分からなかった。



「確かに結婚式は挙げちゃったけど、でもオレまだ結婚してないから」

「……入籍してないってことか?」

「ああ、してない。それにオレ、オマエ以外の女抱いたこともないからな」


確かに婚約して結婚式も挙げた、新婚旅行にも行った。

でも一度も妻となったその人と、関係を持ってないのだと。

一度でも抱いちゃうともうオマエの元には帰れない気がして、怖くて体が全く反応しなかったのだと。

赤裸々に進藤は全てを話してくれた。



「あの…それって奥さん可哀想なんじゃ…」

「うん、だからフラれた。まさに成田離婚ってやつ?ま、籍入れてないから離婚も何もないんだけど」

「………」


ハハ、と笑ってくる進藤。

それって笑ってられる状態じゃないと思うんだけど。

でも、僕はホッとして…安心したら一気にまた涙が溢れ出てきた。


よかった。

本当によかった。

進藤はこれからも僕のものだ。


僕だけのものだ――




「…これから弁護士通して話し合うことになったんだけどさ、向こう良家のお嬢さんだし。他の男と一回式挙げたことあるなんてなったら、きっとこの先いい縁談があったとしても纏まるものも纏まらないだろ?だからきっとすごい額の請求が来ると思う」

「…そうだろうね」

「もしかしたら貯金全部無くなっちゃうかも。無一文になったオレとでも結婚してくれる?アキラ」


ちょっと焦ってる彼に、プッと僕は吹き出した。


「もちろん結婚するよ。キミの一人や二人、僕が養ってあげるから心配しないで」

「お〜さすが塔矢アキラ様」



そう言って抱き合う僕らを見て、一気に拍手が起こった。

その時僕らは初めて、ここが王座戦の会場前のロビーであることに気付いた。

やっちゃった…と、二人で固まってしまった。



「アキラ君」

と緒方さんが人だかりの中から出てきた。


「あの…ごめんなさい、緒方さん。僕やっぱり…」

「構わんさ。進藤、二度とアキラ君を泣かすなよ」

「もちろんです」

「じゃあアキラ君、第五戦は楽しませてくれよ」


そう言い残すと、緒方さんは自身の部屋に帰る為にエレベーターホールの方向へ行ってしまった。



「緒方さん…きっとこうなることが最初から分かってて僕にプロポーズしたのかな…」

「でないと許さねぇけど」

「キミが言うな」












翌木曜日――今度は山梨のホテルで僕と緒方さんは向かい合っていた。

接戦の末、見事僕は白星を掴み、結果王座を奪取することが出来たのだった。



「アキラ君、進藤と14日に入籍するんだってな?」

「はい。緒方さんのお陰です。ありがとうございました」







12月14日――僕の29回目の誕生日。


僕と進藤はめでたく入籍し、結婚した――







―END―










以上、またしてもヒカアキ復活愛劇でした〜(笑)
色々突っ込みどころ満載なお話になってしまいました…。
夕方4時に成田に着くとして、たぶんビジネスだから荷物も早く出てくるだろうし、タクシー使って急いだら間に合う間に合う、みたいな。
奥さんはそのまま実家に帰るんだろうな…可哀想に><

アキラと別れた後、やけになってたヒカル君。
オレが他の女と見合いしたらアイツも焦るかな〜なんて軽い気持ちでお見合いしてみると、これが不幸の始まりで。
家の格が違いすぎて両親は恐縮しまくりだし、後援会からのプレッシャー半端ないし、どんどん話は進んでいくし…で、気が付いたら結婚式当日、みたいな。
そのまま流されてハネムーンへ行ったけど、みたいな。
うーん、ヒカルサイドで書くとギャグになるな、きっと(笑)

緒方先生は生涯結婚して〜別れて〜をずーっと繰り返してると思います!
光源氏並みの家系図になりそうな感じで(笑)

ふふ、ヒカル君を一人でも二人でも十人でも、養ってあげてくださいな、アキラちゃん♪