TIME LIMIT〜元カレ編〜





「じゃあ父さん、よろしく」

「ああ。楽しんでこいよ」

「お義父さん、よろしくお願いします♪」



息子の美明が6ヶ月になった頃、義実家に子供を預けて、明人君と二人だけで出かけることになった。

半年ぶりの二人きりのデート。

ワクワクする。


「きゃ…っ」


ヒールのある靴を履くのは妊娠前以来で、玄関前の段差で思わずバランスをくずしそうになる。

と思ったら、明人君が手を差し伸べキャッチしてくれて、倒れる私を受け止めてくれた。


「大丈夫?」


そう私の顔を心配そうに覗き込んで来る彼の顔に、胸がたちまちキュンとなった。



(可愛い

(カッコいい


やっぱり私の旦那さまは世界一だ。



「ありがとう、助かった。じゃあ行こっか」

「うん」


明人君と手を繋いで駐車場へと向かった。

まずはドライブすること40分。

着いたのはアクアラインの先にあるアウトレットモール。



「久しぶり〜♪よーし、もう1年分の服を買っちゃうわよ!」


意気込んで買い物をスタートさせる。

息子、明人君、そして自分の服を次から次に選んで買っていった。

通常より50%OFFとかになってる服も多くて、購買意欲が止まらない。

出産以来通販ばっかだったから、久々のショップで直に触れて見て回ることが出来て、元アパレル系の会社に勤めてた私にとっては自分を取り戻せた幸せなひと時だった。

そんな私を明人君はずっとニコニコしながら付いて来てくれて、お願いしなくても率先して荷物持ちをしてくれる。

優しい旦那さまだ。




「そろそろお昼にしよっか」


このアウトレットモールで一番有名なパンケーキ屋さんに入った。

でも平日だから待ち時間もほぼ無く、すぐに席に案内される。

注文を終えてしばらく明人君と楽しく駄弁ってると――



「――あれ?美鈴?」


と自分の名前が呼ばれ、私はその声の主の方に顔を振り向けた。


そこには約1年半前に別れた恋人が立っていた――



「……祐亮さん」

「久しぶり」

「……」


彼の横には女性がいて、仲良さそうに手を繋いでいた。


(ああ…私はこの人と付き合う為にフラれたのか…)



『好きな人が出来たんだ。申し訳ないんだけど、もう終わりにしよう』


あの1年半前のあの日、そう言って私をフった彼。

思い出してぎゅっと唇を噛んだ。



「新しい彼氏?」


祐亮さんが明人君を見て尋ねた。


「ずいぶん年下なんだな。あ、弟か?」


私に弟なんかいない。

兄しかいないって話したことあったのに、もう忘れちゃったのだろうか。



「…彼氏じゃないよ」

「ふーん?」

「旦那さまなんだから!!」

「…は?」


私が左手薬指の結婚指輪をキラリと見せると、彼は目を丸くしてきた。


「ま、マジで?この彼、大学生じゃないのかよ?あ、まさかデキちゃったとか?」


カッとなる。

確かにデキちゃった結婚だけど、そんなことアンタに関係ない。


「大学生じゃないし!ちゃんと働いてます!私に専業主婦させてくれるくらい高収入なんだから!」


横にいた祐亮さんの彼女がボソリと「いいなぁ…専業主婦」と呟いた。

「私も結婚したら専業主婦になっていい?」

と祐亮さんに尋ねてる。

「え…っ、それはちょっと」

途端に歯切れが悪くなる彼。

昔会社の後輩が言っていたことを思い出した。


――私の彼、年収たぶん500万もないですもん。彼と結婚したら専業主婦なんて怖くてなれませんよ――


祐亮さんの年収はもうちょっとあると思うけど、それでも彼と結婚していたら寿退職という選択肢はなかったはずだ。

この都心で家庭を持って、平均的な生活をするということはそういうことだ。



「プッ…ダっさ」


隣に座って私達のやりとりを聞いていたであろう女の子が吹き出した。

「進藤明人に敵うわけないのに…」

クスクス笑うその女の子はどうやら明人君の正体を知ってるらしい


「進藤…明人?」


亮介さんも名前くらいは聞いたことがあったみたいで、ハッとしている。

私は立ち上がって前に座る明人君をギュッと抱きしめた。


「じゃ、そういうことだから。私、あなたと別れてから本当の愛を見つけて、今すっっごく幸せだから!」

「……」

「だから心配無用だから!」

「…分かった」


よかったよ、元気そうで。

ずっと気になってたんだ。

3
年も付き合ったのに最後申し訳ないことしたなって…。

そう彼は謝ってくれた。



「感謝してます」


今まで黙ってた明人君が口を開いた。


「あなたのお陰で美鈴ちゃんを手に入れられたから」

「明人君…」

「美鈴ちゃんはオレが幸せにするので気になさらず」


そう言って私の左頬に、彼に見せつけるようにキスしてきた。

もうオレのものだとアピールするように――



……明人君……



「そっか…じゃあ元気でな」


と祐亮さんは彼女の手を取って店から出て行った。

その後すぐ、店員さんが待ってましたと言わんばかりに注文したパンケーキを運んで来た。

お騒がせしてすみませんでした。










「あんな奴に明人君が感謝する必要ないからね!」


買い物を済ませ、再びアクアライン経由で自宅方面へ帰る途中で、明人君に注意する。



「うん…、でも本心だから」

「え?」

「あの人がオレが二十歳になったちょうどいいタイミングで美鈴ちゃんと別れてくれたお陰だから」


早くても遅くても駄目だったと。

確かにもし別れたのがもう少し早かったら、私はまた新しい恋人を作っていたかもしれない。

反対に遅かったら、恋人と別れて9つも年下の明人君との道を選ぶ冒険はしなかったかもしれないのだ。


「そっかー…、そう考えると運命を感じるね」

「だろ?」


微笑む明人君の横顔を見つめながら、私は全てに運命を感じていた

私の好みの容姿が初恋のおじさまだったことも、そっくりに成長した明人君に惹かれる為だったのかもしれない。

そもそも千明と一緒におじさまとおばさまを再会させたことも、明人君という存在を自分の為に用意する為だったのかもしれない。



「…明人君、まだ時間あるね。今からどこ行く?」


熱のこもった目で明人君を見つめて、彼の太腿に手を置いた。


「デートらしいことしようか…」

「み、美鈴ちゃん…、あんまり煽らないで。事故るっ」

「あはは。じゃあ次のインターで降りよっか〜」



私達が初めて結ばれたようなホテルで。

夫婦になってもたまには休憩するのもいいんじゃない?

 


END

 

 

 

以上、美鈴ちゃんの(最後の)元カレが出てくるお話でした〜。
明人君の元カノ編を書いた後、元カレ編も絶対に書こうと思ってました。
元カレの設定としましては、美鈴ちゃんより2つ年上の32歳。大卒後メーカーに勤める営業マンです。(年収700万)
営業なので土日働くこともあるので、その代休で今回平日に休みを取って彼女とアウトレットに来ました。
彼女もサービス業で年収500万くらい。仕事がシフト制で大変なので結婚と同時に辞めたいと思ってますが、この彼と結婚するなら半ば専業主婦の夢は諦めてる感じでしょうか。
明人君はこの段階で碁聖のタイトルを保持していて、且つ現在棋聖戦と十段戦に挑戦中だったりします。(相手は両方ヒカル)
てなことで親子対決にメディアは注目してますので、テレビのニュースでもしょっちゅう名前が出ていて、元カレも名前くらいは聞いたことがあったのかと。
明人が話してた通り、元カレが美鈴ちゃんを振るタイミングがちょっとでも違っていたらこの展開にはなってないと思うので、やっぱり運命の相手だったってことでしょうかね〜。ウンウン