●MOBILE PHONE●
進藤は携帯を2台持っている。
1台は仕事用。
もう1台はプライベート用だ。
棋士仲間の連絡先は全て「仕事用」の方に登録している彼。
もちろん僕の連絡先も当然「仕事用」の方に登録されている――そう思っていた。
「あれ?進藤先生、携帯切ってるのかな?」
「そうなんですか?」
棋院の事務に行った時、週末彼と一緒に参加するイベントの詳細を説明された。
先日進藤にも同じ説明したそうなのだが、急遽集合時間が変更になったのだ。
そのことを事務スタッフが連絡しようと彼の携帯にかけたのだが、『電源が入っていないか、電波の届かない……』というおきまりの機械のアナウンスが流れているらしい。
「また後でもう一度かけてみます。じゃあ塔矢先生、よろしくお願いします」
「はい、お疲れ様です」
事務を後にして、僕はエレベーターへ向かった。
そうか、進藤は今携帯の電源を切ってるのか。
じゃあ連絡しても無駄だな、この後時間があるから彼を囲碁サロンにでも呼び出して一局打ちたかったのに。
でも一応僕は発信ボタンを押した。
繋がらなくても着信履歴は残る。
彼が折り返してくるのを待とうと思ったのだ。
でも――
プルルルル……プルルルル……
(え?鳴ってる…?)
聞こえてきたのは機械のアナウンスではなかった。
どう聞いても発信音だ。
そして10コールくらいしたところで…
『はい…塔矢?』
と眠そうな声の彼が電話に出た。
「進藤……寝ていたのか?」
『うん…昨日遅くまで詰碁の問題作ってたから。でもちょうどいいから起きるよ…。起こしてくれてありがとな』
「僕、今時間あるんだけど。一局打たないか?」
『いいぜ〜。どこ行けばいい?囲碁サロン?』
「そうだな。僕も今棋院だから、すぐ向かうよ」
『了解。じゃ、後でな』
「あ、進藤!」
切ろうとする彼を慌てて止めた。
「さっき事務の池田さんがキミに電話したんだけど、繋がらなかったみたいなんだ。後で折り返してあげてくれる?」
『え?』
進藤が電話の向こうで何やらガサガサし出した。
『やべ、充電切れだ』と慌てている声が聞こえた。
充電切れ…?
棋院が把握している進藤の携帯番号はもちろん仕事用の方だ。
その携帯が充電切れだったということか?
ということは……僕が今かけてるこの番号は何なんだ?
もしかしてプライベートの方なのか?
『ごめん、充電終わり次第すぐかけるよ。教えてくれてありがとな。じゃ、後で』
ツーツーと切られてしまった。
仕方ないので僕も直ぐ様囲碁サロンに向かうことにした。
それにしても謎だ。
僕が知ってる彼の番号はプライベートの方だったんだ。
何故彼はこっちを教えてきたんだろう。
ちなみにこの番号を彼から聞いたのは2年くらい前だ。
僕らがまだ16歳の時。
「番号変わったから!変更しておいてくれよな!」
と言われて登録し直した記憶がある。
そういえば彼が2台持ちになったのもその頃だ。
でも、僕のように棋士仲間でもプライベート用の方に登録されている人は他にもいるかもしれない。
例えば和谷君。
彼なんて進藤にとって親友みたいなものだから、絶対プライベートの方を教えられてそうだ。
チンッ
エレベーターで1階に着くと、ロビーにその和谷君と伊角さんの姿が見えた。
いつもなら素通りするのだが、気になるので今日の僕は彼らに近付いた。
「あの…」
「なに?塔矢」
伊角さんに僕は尋ねてみることにした。
「進藤の携帯番号って何番ですか?」
「え?塔矢知らないの?」
「いえ、知ってるんですけど…」
「ああ、もしかして携帯忘れた?連絡取りたいのかな?」
伊角さんが直ぐ様携帯を取り出して、進藤のアドレス帳を開けた。
「かける?」
「いえ、メモしてもいいですか?」
「うん」
僕は直ぐ様手帳を取り出して、その番号を書き写した。
「あの…和谷君が知ってるのもこの番号ですか?」
「は?」
和谷君が面倒くさそうに携帯をいじりだした。
そして伊角さんが登録している番号と見比べてくれた。
「うん、一緒だな」
「分かりました。ありがとうございました」
お礼を言ってすぐに立ち去ろうとした。
でも勘がするどい和谷君が「ははーん」という顔をしてくる。
「塔矢もしかして、進藤のもうひとつの番号知りたいんだろ?」
「……え?」
「残念だけど、アイツ絶対に教えてくれないぜ」
「……そうなんですか?」
「うん。彼女専用らしい」
「……彼女?」
「そ。いいよな〜恋人いる奴は」
「……」
僕は二人にお辞儀をしてその場を立ち去った。
棋院を出たところで、今教えてもらった番号と自分の携帯に登録されている番号を見比べる。
(全然違う……)
やはり進藤が僕に教えてくれていたのは、プライベートの方。
そしてあんなに仲のいい和谷君達にすら教えていない、『彼女専用』の番号だったのだ。
もちろん僕の心臓は急にバクバク鳴り出した。
顔も真っ赤になる。
一体どういうつもりなんだろう。
もちろん僕は進藤の彼女じゃない。
過去に一度も彼と付き合ったことはない。
じゃあ何故、彼はこの番号を僕に登録させたんだろうか――
「あ、アキラ君いらっしゃ〜い」
「こんにちは、市河さん」
「さっき進藤君も来たわよ。約束してるんですって?」
「うん」
いつも僕が彼と打っている席に向かった。
僕が近付くと気付いて携帯から顔を上げてくる。
「さっきはありがとな。ちゃんと電話したからな。集合時間が変わったんだってな」
「そうみたいだね……」
彼と向かい合って座った。
直ぐ様ニギろうとする彼に、僕は「どういうこと?」と問いただす。
「へ?何が?」
「……携帯の番号」
「番号?」
「キミが僕に教えてくれた番号……和谷君達が登録してる番号と違ったんだけど?」
「あ……」
進藤の顔が途端に赤くなる。
「和谷君曰く、彼女専用番号らしいね」
「えと……」
「僕ってキミの彼女なんだっけ?」
「違う……けど」
「けど?」
「そうなって欲しいなぁっていう……オレの願望?っていうか……」
「……」
彼につられて僕の顔も赤くなる。
「……進藤、ハッキリ言えば?」
「ここで…?」
そう、ここは碁会所。
もちろん周りに大勢お客さんがいる。
皆聞こえないフリをしているが、聞き耳をたててるのは一目瞭然だ。
「移動してもいい…?」
「……いいよ」
彼は僕を囲碁サロンの外に連れ出した。
普段は誰も使わない非常階段に――
「塔矢さぁ…気付くの遅すぎ」
「え?」
「オレもう2年もオマエ専用携帯持ってたのに…」
「本当に他の人には教えてないの…?」
「教えてないよ」
「……」
進藤が携帯の電話帳を開けて見せてくれた。
『塔矢アキラ』の一行のみのアドレス帳を――
「塔矢…」
進藤が僕の手を取ってくる。
緊張からなのか、少し汗ばんだ大きな手。
僕の手をぎゅっと力強く握ってくる。
「塔矢…オレ、オマエが好きだ。ずっと好きだった…」
「進藤……」
「本当はもっと早く言いたかったんだけど……中々勇気出なくて」
「……」
「オレの彼女になってくれる…?」
不安げに僕を見つめてくる。
僕は今まで人を好きになんかなったことがない。
いや、なったことがないと思い込んでいた。
でも今日『彼女専用』という言葉を聞いて――すごく嬉しかった。
恥ずかしかったけど、それ以上にすごく嬉しくて……心が熱くなった。
その意味は一つしかない。
だから応えも決まっている――
「……いいよ」
「本当に…?」
途端に嬉しそうに顔の筋肉を緩めてくる。
そしてその顔を近付けてくる。
「塔矢……キス、してもいい…?」
「…いいよ。僕はもう…キミの彼女だからね…」
「塔矢……大好き――」
ゆっくりと唇が重なった。
僕も今度、彼氏専用携帯を買おうかな――そんなことを思った18歳の春だった。
―END―
以上、携帯番号話でした〜。
ナンダコレ。
若々しいというか…青々しい二人でしたね。
15年前はヒカアキもこんな感じだったのかなぁ…(遠い目)
15年前の携帯は絶対二つ折のガラケーですね。
このヒカルに限らず、どのヒカルも基本携帯は2台持ってると思います。
仕事用とプライベート用と分けてます。
今更新中のFEMALEシリーズのヒカルももちろん2台持ちです。
家族(アキラ・佐為・彩・明子さんなど)はもちろん両方の番号を知っています。
ヒカルのプライベート用の番号を知ってる人はごく僅かなのですよ〜。
レアです。