MEIJIN おまけ 3●〜佐為視点〜





18
歳の誕生日の1週間前。

僕は再び四国――今度は徳島の地にいた。

天元戦挑戦手合・第5局の解説を担当することになったからだ。


同じく解説を担当するのが京田七段。

本因坊戦以来のダブル解説だ。


今回は早めに棋院に解説を申し出ていたので、事前申込の抽選で対応出来たらしい。

1000
名の定員に1500名の応募があり、倍率は1.5倍だったとか。

 


「あ、美味しいですね。倉田天元が注文したこのロールケーキ…、甘すぎなくて」

「緒方先生の注文した羊羹も美味しいよ。あっさりしてて。一口食べる?」

「いいんですか?」

「うん」


大盤解説会は昼からなので、午前中は中継サイトに時折登場して対局会場ホテルの様子を案内したり、食レポしていた僕ら。

食レポはあんまり得意ではないけれど、京田さんが一緒なので安心して出来る。


「そういえば進藤君、実は左利きとか聞いたけど」

「あ、そうですね。小さい頃に矯正したので今は基本右ですけど、左でも大丈夫です」

「へー。じゃあ左で食べてみて?」

「いいですよ」


ロールケーキを左で口元に運ぶ。

少し大きく切り過ぎたみたいで、クリームが口の端に付いてしまう

京田さんが「付いてるよ」と笑いながら紙ナプキンで拭いてくれた

(親切な人だ)

 


昼過ぎになって、今度は昼食もレポートすることに。

僕は倉田天元が頼んだ松花堂弁当と徳島ラーメンと阿波尾鶏のステーキを担当することになった。

(多すぎだろ…)

緒方先生の天ぷらうどんオンリーの京田さんに苦笑される。


「さすが倉田先生。進藤君一人で大丈夫?」

「手伝っていただけると大変助かります…」

「よし、じゃあ阿波尾鶏は引き受けるよ」

「ありがとうございます」


一緒に何とか食レポを進める。

昼食休憩が終わったので、現在3分割されている中継動画。

一つは対局室の様子、一つは盤面、そして最後の一つが僕と京田さんの食レポトークだ。

スタッフからカンペで『同接3万人超えました!!』と知らされる

え……この拙い食レポを3万人に見られてるなんて恥ずかし過ぎるんだが…。



「進藤君は四国は3回目だよね?」

「そうですね、松山、高松、徳島と来たので、残すは高知ですね」

「高知は俺も行ったことないなぁ…」

「桂浜とか行ってみたいですね」

「ここからだと高速使っても2時間半くらいかかるらしいよ。四国って意外とそれぞれの県庁所在地が離れてるよな」

「ですね。まぁ2時間半ならドライブがてら行けなくもないですが

「明日一緒に行っちゃう?レンタカーでも借りて」

「京田さん運転出来るんですか?」

「出来るよ。免許も割と早く取ったし、実家帰った時は必ずと言っていいくらい運転してるからね」

「へー」

「進藤君も免許は取った方がいいよ」

「そうですね…、卒業したら」


食べながらひたすらトークを続ける。

既に食レポではなく、僕らがただ食べながら話してるだけなのだが、スタッフからは

『そのまま続けて!』

とカンペが出てるので、これでいいんだろう……


「そういえば来週の誕生日で進藤君18歳になるよね」

「あ、そうですね」

「おめでとう」

「ありがとうございます」

「色々出来るようになるな」

「例えば?」

「さっき言ってた運転免許とか、選挙権とか。あとクレジットカード作ったり…、パスポートも10年が作れるようになるよ」

「なるほど…」

「あと、結婚」

「結婚…」


今年から法律が変わって、男女ともに18歳にならなくては結婚出来なくなった。

でも、親の許可がいらなくなった。

来週から僕はいつでも自由に結婚出来るのだ。

(…て、結婚したい精菜がまだ15歳なので当分無理だけど)


「とりあえずクレジットカードは早急に作りたいですね。決済の幅が広がりますので」

「そうだよな。特に海外ではね」

「韓国は完全にカード社会ですもんね。この前農心辛ラーメン杯で釜山行った時、もし一人だったら大変でしたね」

「そうなんだ?2月に次は上海だろ?」

「そうです。そこまでには何とか準備したいですね」

「まぁ中国はクレカあんまり使えないけどな」

「そうなんですか?」

「空港とかはもちろん大丈夫なんだけど、何か日本発行のクレカって弾かれるんだよなー。街中はAlipayが便利だよ」

「へー」


京田さんとのトークはやはり色々勉強になった。

(芦原先生とは安心感が違うな)

 

 

 


14
時になり、今度は大盤解説会をスタートさせる。

女流本因坊戦と同じで、ほぼ9割が女性客。

抽選会の色紙はもちろん名人で揮毫した。


「いいね〜名人の揮毫。そろそろそう呼ばれるのは慣れた?」

「いえ、実はまだ慣れませんね…」

「よし、じゃあ進藤名人、2枚引いて下さい」

「はい…」


京田さんが持ってる抽選箱から、僕は2枚引いた。

今回当選したのは2名とも30代くらいの女性だった。


「おめでとうございます」

と手渡しすると、

「名人奪取おめでとうございます」

と返される。

「ありがとうございます」

 

 


大盤解説中、その後も京田さんは僕のことを名人と呼び続けた。

今まであまり慣れなかったが、こんなに連呼されると流石に慣れてくる。


「名人名人、今の一手はどう?」

「名人名人、午後のおやつが来たよ」

「名人名人、これはもう天元が防衛濃厚かな?」


「……京田さん、何か僕のこと馬鹿にしてません?」

「え?尊敬してるけど?」

 

 



結局第5局は倉田天元が勝利し、防衛を果たした。

大盤解説会場に対局者二人がやってくる。

マイクを渡すと、緒方先生にギロリと睨まれる。

何で進藤門下の二人が解説なんだ、と顔に書いてあった。

 

 


もちろん打ち上げでは酔っ払った緒方先生に僕は絡まれる。


「名人取ったからっていい気になるなよ…」

「なってませんが」

「いいや、なってる。精菜が甲府に行ってしまったあの夜は俺は辛くて辛くて……」

「ああ…、それは失礼しました。最高な夜でした」


思い出すと顔がニヤける僕に、緒方先生が殺人鬼のような表情をして来たのは言うまでもない。

「絶対責任取らす…」と唸っていたので、「喜んで」と返事をしておいた。

 

 

 

 


翌日、僕は空港の売店でお土産に悩んでいた。

もちろん今回も担任に賄賂を渡す為だ。

(今回3日も学校休んで補講スケジュールをめちゃくちゃにしてしまったからな…、これはもう冬休みは無いかもしれない…)


「進藤君、搭乗始まるよ」

「あ、すぐ行きます」


京田さんに呼ばれた為、僕は適当に選んで急いでお会計をする。

僕が選んだそのお土産が、その後空港どころか徳島中から在庫が消えるなんて思いもしないで。




「帰ったらすぐまた俺、本因坊リーグだよ」

京田さんと隣同士の席に付きながら話し出す。

「誰とですか?」

「塔矢女流五冠」

「…そうですか」


僕が名人と呼ばれるということは、同時に母からその肩書が消えるということだ。

でも、母もいつかまた、きっと七大タイトルホルダーに返り咲くだろう。


(もちろん簡単には渡さないけど…)


飛行機が滑走路を抜けて飛び立つ。

徐々に遠くなる地上を見ながら、自身も3日後にある王座戦・第4に向けて頭を切り替えていたのだった――

 

 


END

 

 

 

以上、12月上旬、天元戦第5局に解説に入った時の話でした〜。
京田さんとのダブル解説です。これは京佐為妄想される意味が分かりますな!(笑)
芦原さんの時と違って、佐為の気が緩みまくってますねw
もう佐為は女流と組むんじゃなくて、ずっとダブル解説でいいんじゃないかな。