MEIJIN おまけ 1●〜ヒカル視点〜





「…進藤……検討に付き合ってくれないだろうか……」



名人戦から帰ってきたアキラが、オレに言った。

進藤じゃなくてヒカルだろ――だなんて…、とてもじゃないけど突っ込めなかった。


最終局を何度も何度も繰返しなぞる彼女。

何時間が経ったんだろう。

やがてアキラはポツリと言った。


「悔しいね…」

「…そうだな」

「でも…、嬉しいものだね…」

「…そうだな」


自分の子供が囲碁の道に進んでくれて、自分を追い抜いていく。

これほど悔しくて、これほど嬉しいものはないと――彼女は言う。


自分の子供にタイトルを取られるのなら本望だと――

 


「来年、取り返せばいいよ」

「うん……そうだね」


もちろんそれは簡単ではないだろう。

17
歳の佐為はこれからピークに向かっていく。

36
にもなるオレらは下がっていく一方だ。


それでも、打つ手はやめない。

一生をこの世界で生きていくと決めてるからだ。

 


「あーあ…、次はオレの番かなぁ…」


明日、オレは京都に移動する。

王座戦の第2局があるからだ。

相手は自分の子供――佐為だ。




「やっぱり違う名前付けるべきだったかなぁ…」


アキラが吹き出した。


「今更遅いよ…」

「そうだよなぁ…」

saiでもあるし」

「アイツ何考えてるんだろな?オレの許可もなくsaiを名乗るなんて」

「いいじゃないか…、キミだってそれを期待して名付けたんだろう?」

 

 



――佐為の生まれ変わりだったらいいのに――

 

 


「そうだけど…、でもやっぱ何かヤダ」

「諦めろ」

「ヤダ。佐為の強さはあんなもんじゃないもん。saiを名乗るなんて千年早いぜ」

「ふふ…」


綺麗に笑うオレの奥様。

もちろんオレは欲情する。


「アキラ…、上、行かない?」

「いいよ」

「え?!」


予想外の返事が返ってきて、思わず動揺する。


「意味、分かってる?!」

「分かってるよ。今は何だかキミにめちゃくちゃにされたい気分だから…」

「―――!!」

「そしてキミにめちゃくちゃ愛されたい気分…」


当然オレは彼女の腕を掴んで寝室に直行だ。

愛でて愛でて愛でまくってやる。

何も考えられないくらい頭を真っ白にさせて、全てを忘れさせてやる。

 


「キミと結婚出来て…、僕は幸せだ…」

「何?何か素直過ぎて怖いんだけど…、やっぱ奪取のダメージ大き過ぎた?」

「そうかもね…、でも本心だよ」

「アキラ…」


ベッドで横たわると彼女の長い髪が四方八方に広がる。

その毛先を掬って、オレはチュッっとキスをした。


「アキラ…、好きだよ」

「うん…、僕も」

「愛してる…」

「うん…、僕も…」


静かに悔し涙を流し始めた彼女を、オレは上から優しく抱き締めた。

オレの胸で泣いて欲しかったからだ。

オレの胸で感情を表に出して欲しかったからだ。

 


「また…、一緒に頑張ろうぜ」

「うん…、…うん――」

 


この15年間、ずっと何かしらの7大タイトルを保持して来たアキラ。

この喪失感は……きっと言葉では言い表せないだろう。


自分の子供に取られて悔しいのに嬉しい。

嬉しいけど、やっぱり悔しい。


オレの腕の中で乱れる彼女は昔と全く変わらない。

オレの心も変わらない。

 


「好きだよアキラ…一生」

「うん…僕もだ」

 


一生をかけて追求し続ける神の一手。


同時に、一生をかけて彼女を愛し続けると、オレは再び心に誓った――

 

 

 


END



 

以上、奪取された翌日、帰宅後のアキラの様子でした〜。
早朝早くに一人ホテルを出発し、佐為が記者会見を行ってる時間帯にはもう家に着いて、ヒカルとひたすら検討するアキラです。
実は日曜なので彩も家にいましたが、10時ぐらいには流石にいたたまれなくなって京田さんちに逃げてしまってる彩なのでした。
一方佐為は昼前に甲府を出た後、棋院で雑務もこなし、夕方に帰宅します。
もちろん夕飯はアキラとも一緒に食卓を囲む佐為ですが、その頃にはアキラも落ち着いていて「おめでとう」と言われるんではないでしょうか。