MEIJIN 35〜佐為視点〜





「「「お願いします」」」


カシャカシャカシャ

対局開始と同時にシャッターを切られる。

撮影しているのは新聞部。

カメラを回しているのは放送部だろう。

対局シーンを映されるのはもう日常茶飯事なので僕は何とも思わないけど、恐らく海王囲碁部にとってこんな機会はもう二度とないだろうから。

記録したい気持ちも分からなくもない。


引退した3年生の上位5人を引き受けてるのが現在棋聖・本因坊・王座のタイトルを保持する父・進藤ヒカルだ。

大将の源前部長とは実は同じクラス。

打ったことはないが、棋力はなかなかのものだと聞いている。(別宮さん談)

海王囲碁部をこの夏全国優勝へと導いた立役者でもある。


ちなみに現在の部長は僕の対戦相手の2年生5人の中にいる。

この一番右に座っている佐賀部長――元院生らしい。

僕より1歳年下ということは、僕がプロ試験を受けてた時も院生だったはずだ。

でも対戦した記憶がないということは………そういうことなんだろう。

プロ試験に出れるのは院生の中でも上位20名、A組である必要が
あるからだ。

A
組に一度も上がることなく、プロ試験を一度も受けることもなく院生を去る子達も大勢いるのだ。


でも、それより横の副将……部長よりこっちの方が明らかに強い

多面打ちということで休む暇もなく他の盤面も打ち進めながらも、僕の目は常にこの副将との盤に向いていた。


13の十で勝負に出てきたか…)


右辺を付き合っていれば勝機はないと早々に見切ったのだ。

いい判断だ。

だけど19の十三で応手を問われ、白は窮する。

隅の黒をコウに訴えて取りに行くしかないけど、14の十含め黒のコウ材は左辺に豊富にあり、とても勝てないだろう。


「進藤十段の今の手すごいな…」


ギャラリーの誰かが呟いた。

確かに15の十は我ながら読みの入った好手だと思う。

13
の八とノビても16の九、17の九…と5手後には捕まってしまうからだ。


(大勢は定まったな…)


ここからはもう安全運転でいい。

8
の十二と打たれたが、9の十五、9の十八と手堅く打つ。

19
の十八にも受けず8の十三で盤石の大勢だ。

右下を捨てても勝ちの計算が出来ている。


(こんなものかな…)

 


他の4人が次々と投了してくる。

残すはこの副将のみ。

1
1となってしまっては、もう勝機はないだろう。

互先は流石に可哀想だったか……

 


「ありません」


副将が頭を下げてきた。

「すっげぇ…、これが進藤十段かぁ」

全然敵わないや〜と感心される。

「なぜキミが副将を?」と一応確認してみる。

大将の佐賀部長より遥かに強いのに、と。


「だって海王って大将イコール部長なんですよ。俺、部長なんて難しいコト無理だし」

まるで父のような話し方をしてくる彼に、なるほどと頷く。

確かに部員100名をまとめる器ではないんだろう。

その後は11人と軽く検討しながらアドバイスを伝える。

僕と打ったことで、何か一つでも掴んでいってほしいからだ。




「進藤君も終わった?」

僕と副将の対局を検討中、京田さんが盤面を覗いてきた。

「へぇ…、キミ結構強いね。キミも元院生?」

京田さんが彼に尋ねる。

「いえ、違います。家の近所に碁会所があったから、そこに通ってただけです」

「マスターの棋力は?」

「アマ六段って言ってたかな…」

「なるほどね。進藤君と互先でこれだけ打てるのはたいしたものだよ。頑張って」

「ありがとうございます…!」


京田さんも混ざって一緒に検討する。

更には父も混ざってきて、どうせなら部員全員に見てもらおうとなり、大盤を使って解説していった。

進藤門下の研究会のお披露目というわけだ。

もちろん精菜と彩との指導碁を終えた女子囲碁部員も真剣に聞いていた。

なぜか別宮さんは顔を手で覆ってるけど。

(泣いてるのか?)

 

 

 

 

 


「今日は本当にありがとうございました!」


結局1時間では到底足りず、2時間半近くもかかってしまった。

帰り際、僕らプロ棋士5人にお礼を言ってくる嵩原先生。

これで補講1時間免除では割に合わないなと思ってる僕の心を読んでくれたのか、「2時間免除でいいよ」とコソッと増やしてくれた

それならまぁ…。



「ありがとね、進藤君」

別宮さんからもお礼を言われる。

「感謝してるよ。中2の時もだけど。忙しいのに…、本当にありがとう。我が海王囲碁部人生にもう悔いなしだよ」

彼女の顔には涙を拭った痕があった。


「…別宮さんは大学行っても囲碁続けるの?」

「当たり前なこと聞かないでくれる?当然でしょ」

「そう…。大学にも教えに来いとか言うなよ?」

「え?いいの?」

「よくない。もう二度とごめんだよ」

「ケチ」

「どうとでも」


プッ…とお互い笑ってしまった。

別宮さんだけはクラスの女子の中では普通に接してくれたから、意外に有り難い存在だったのかもしれない。

恐らく卒業したらもう二度と会わないだろうけど。


「佐為…?」


僕らのやり取りを見ていた精菜が、不安そうに声をかけてくる。

「精菜もお疲れさま。どうだった?海王女子囲碁部の実力は?」

「別に」

ツーンと向こうを向かれてしまった。

これはマズイな…。

 


「ごめん、ちょっと教室に忘れ物。皆は先に帰ってて」


お父さん達にはそう告げて、僕は精菜の手を取って教室に向かった

午後6時半にもなると誰もいない教室。

日も落ちて、外も真っ暗だ。


「佐為、何忘れたの?」

と真面目に聞いてくる彼女に、振り返って不意打ちのようにキスをした。


「――…ん……」

すぐに離して耳元で伝える。


「うん…、精菜とこういう思い出作るの忘れてたなぁって」

「え…」


学生でしか作ることが出来ない思い出。

お互い制服で。

誰もいない教室でこっそりキスしたり。


「好きだよ…、精菜」

愛を囁いてみたり。


「何も不安になることないからな」

「うん…――」


誰かの足跡が聞こえてくるまで、僕らは教室で唇を合わせ続けたのだった――

 

 

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