●MARIAGE●





「いよいよ明日出発だな…」

「…うん」



明日――オレは最愛の女の結婚式に出席するため、グアムに出発する。

ずっと好きだったけど、想いを伝えられないままオレの恋は終わってしまうんだ。

すぐ目の前にいる大好きな塔矢。

こんな直前まで打ちあって、二人きりの時間を作ってるのに…


『結婚なんてやめとけよ』


の一言が口に出来ない。

きっとコイツの結婚相手が緒方先生だからだ。

緒方先生にはさすがのオレも敵わない。

…くそ。

なんでよりによって先生なんだ。

なんでこんないきなり。

二人が付き合ってるなんて噂…全然聞いたこともなかったのに…!



「…よかったな。緒方先生ならオマエのこと…絶対に幸せにしてくれるよ」

心にもない言葉が口から出た。

「…本当にそう思う?」

「…え?」


碁盤から顔を上げると――塔矢が今にも泣きそうな顔をしていた。


「僕………本当は…キミのこと――」

「…え…?」


ガタンッと乱暴に椅子をひき、彼女は逃げるように碁会所から出ていった――

残されたオレは呆然とその出入口を見つめるしかなかった。


今の…どういう意味だろう。

本当はオレのこと――なに?



「ちょっと進藤君!」

「え?」

「あなたねぇ…本当はアキラ君の気持ち、気付いてるんでしょう?進藤君もアキラ君のこと好きなんでしょう?何で止めてあげないのよ!」

「何でって…」


受付にいた市河さんがもう我慢出来ないという顔をして、オレのところにツカツカやってきた。


「だって…今更もう何も出来ないし…。相手は…あの緒方先生だし」

「もう!情けない男ねぇ!緒方先生が何よ?あんな女ったらしのプレイボーイと結婚して、アキラ君が幸せになれると本当に思ってるの?!」

「…それは……」

「アキラ君は緒方先生にプロポーズされて、周りからも色々口出しされて、断れずに受けちゃっただけよ。どうして出発の前日にまで、アキラ君がわざわざここまで打ちに来たと思ってるの?進藤君に会いたかったからよ。止めてくれるのを待ってたのよ!」

「………」


オレだって。

オレだってオレだって、止めれるものなら止めたかった。

でも、もう遅いだろう?

明日出発して、明後日が式だぞ?

大勢の人がそのつもりで既に動いてる。

オレだってそうだ。




翌日――予定通り他の棋士仲間と一緒に、成田で搭乗手続きをするオレがいた。


「すげぇよなぁ。全員の旅費を新郎新婦持ちだなんて、さすが緒方棋聖様と塔矢名人様だよな〜」

タダで行ける旅行に、和谷達は大喜びしていた。

「でも俺さ、進藤は絶対ドタキャンすると思ってた」

「俺も」

「僕も」



え…?



「お前塔矢のこと好きだったんだろ?俺がお前の立場だったら絶対行かないけどな」

「俺も行かないな」

「僕も無理だね」


伊角さんや越智も和谷に賛同してきた。

そういうもん…なのか?

ドタキャンしていいのなら、そりゃ、やっぱやめるけど…。

というか、皆にオレの気持ちがバレバレだったってことが、すっげぇ恥ずかしい……


「あ。もしかしてお前、アレやるつもりだな」

「アレ?」

「アレだよ、アレ。結婚式と言えばアレじゃん」


和谷に『アレ』の内容を耳打ちされ、オレは大きく目を見開いた――


「確かに…いい案だけど。でもいいのかな、んなドラマみたいなこと本当にやって…」

「緒方先生には恨まれるかもな。でも塔矢の結婚を止めれる最後のチャンスだぜ?」

「でも…」

「頑張れよ。緒方先生は俺達が引き止めといてやるから」

「でもさ…っ」

「進藤、お前いつまでそんなウジウジしてるつもりなんだよ。塔矢のことが好きじゃないのかよ?」

「それは…」

「本気なんだろ?ずっと好きだったんだろ?いい加減もう迷うな」

「……ああ」


和谷の言う通りだ。

オレは塔矢が好きだ。

誰よりも彼女を愛してる自信がある。

この気持ちは緒方先生なんかには絶対に負けない。

塔矢を幸せに出来るのはオレしかいない。

そうだ、オレしかいないんだ―――







「塔矢っ!!!」



翌日――オレは迷うことなく『アレ』を実行した。

式の最中に、花嫁を掻っ攫うアレだ。

全員に注目されてかなり恥ずかしかった。

が、なぜかオレの邪魔をする人は一人もいなかった。

塔矢も歩きにくいドレスを掴んで、何も言わずオレと一緒に走ってくれる――




「はぁ…はぁ…、ここまで来ればもういいか…」


どれくらい走ったんだろう。

気がついたら隣の教会まで来ていた。


「進藤…」

「ごめんな塔矢…結婚式ぶち壊して。でもってごめんな…遅くなって」

「本当だよ。ずっとキミが止めてくれるのを待ってたのに…。もう少しで緒方さんと永遠の愛を誓ってしまうところだった」

「代わりにオレと誓ってくれる?」


涙を溜めて頷いてくれた彼女と一緒に、オレはその誰もいない静かな教会に入っていった。

中央の十字架の前、神様の前で見つめ合う。


「塔矢…好きだ。オレの横に一生いて下さい」

「進藤…、はい――」


そっとオレらは誓いのキスを交わした。

何度も何度も…今までの穴を埋めるようにきつく抱きしめあって―――








ちなみに教会から出ると、オレらは思ってもいなかったフラワーシャワーを浴びることになる。

最初からこうなることが分かっていたのか、実は緒方先生側の親類は誰もグアムには来ていなかったらしい。

代わりにオレの両親がいたのには驚いた。

本当は緒方さんと塔矢がする予定だったパーティーも、急遽オレと塔矢に変更。

皆に祝福されて、昨日までとは打って変わって、最高に幸せな一日となった―――








―END―








以上、いつか必ず書いてやろうと思っていた花嫁強奪話でした〜(笑)
やっと今回書けて満足満足です♪
実は緒方さんがアキラにプロポーズしたのも、ヒカルを焦らすつもりだったら面白いな〜なんて。
でもウジウジヒカルは中々言い出さなくて。
緒方さん自身もこのままアキラ君と結婚してしまったらどうしよう…と内心ヒヤヒヤだったのかもしれません(笑)
間一髪、です!