●MAIN BATTLE 33●
京田さんの入門の為の一局が始まった。
パチッ パチッ パチッ…
時間が押してる為、二人とも自然と早碁になる。
しかも父はかなり容赦ない打ち方。
とてもじゃないけど、プロ試験を受かったばかりの新人棋士相手に打つ打ち方じゃない。
みるみるうちにあっという間に差が開いていくのが分かる。
70手まで打った頃には、京田さんは打つ手立てが無くなって指が止まってしまっていた。
まるで三大タイトルを持つタイトルホルダーの実力を見せつけるかのような碁。
これが入門テスト?
大人げない…と僕は溜め息をついた。
「早碁は苦手?」
「いえ…、得意な方だと思ってました」
今までは…と京田さんが項垂れる。
「そうだな、ヨミも早いし対処の仕方も悪くない」
「……」
「プロにも早碁の大会はある。拮抗する棋力の持ち主が相手なら勝てる力は十分持ってると思う」
「……はい」
「京田君、師匠はいないんだって?一度も?」
「あ、はい…」
「オレの弟子になって、オレから何を教わりたいわけ?」
父がようやくまともな質問をする。
京田さんが自分の言葉で改めて経緯を話し出した。
「…俺は中学の部活動で囲碁を始めました。教えてくれた顧問の先生に、空いた時間は棋譜並べをするように言われて…」
過去の有名な棋譜を一通り並べたという京田さん。
もちろん本因坊秀策が残した何百という棋譜も全て。
「次に歴代のタイトルホルダーの棋譜も並べ始めました…」
もちろん今のタイトルホルダー、緒方棋聖、塔矢名人、倉田天元、芹澤碁聖の棋譜も片っ端から。
そして――父、進藤本因坊の碁を並べた時に、京田さんは感銘を受けたのだという。
「正確なヨミと正確な形成判断を武器に、戦わずして美しく勝つ――そんな秀策みたいな打ち方をする人が今でもいるんだって…」
父は妙手の使い手と言われている。
でもそれは藤原佐為から叩きこまれた基礎がしっかりあるからこそ成り立っている打ち方でもある。
初段の頃から歳に似合わない地の座った碁を打つと、評判だったことは僕でも知っている。
そんな父が今でもたまに打つ「美しい碁」。
こんな打ち方が出来る棋士が現代に他にいるだろうか。
「進藤先生みたいな碁が打ちたくて、俺は院生になったんです」
プロになって、いつか先生と対局してみたいってずっと思ってました。
出来ることなら、先生の元で学びたいと――京田さんは父の目をまっすぐ見て訴えた。
「…オレは秀策みたいに人として出来た人間じゃないよ。言葉遣いも悪いし、さっきみたいにアキラにしょっちゅう叱られてるし」
それでも弟子になりたい?後悔しない?――そう問われた京田さんは迷うことなく
「はい」
と返事をした。
父の口元が緩む。
いつもの優しい父の顔に戻る。
「分かった。いいよ、じゃあ一緒に頑張ろうか」
「ありがとうございます!」
僕は壁に寄りかかった。
はぁ……よかった。
本当によかった。
ここまで長かった…と僕も安堵の溜め息を吐いた。
「あ、でも彩はやらないからな!」
「え?」
父がまだしつこく話をぶり返す。
「オレに勝つまで絶対に認めないからな!」
京田さんが「さっきから何の話?」と助けを求めてくる。
「無視してくれていいから…」
「え、でも…」
父が母に耳を掴まれてキッチンの方に引っ張られていく。
「痛っ、アキラ痛いって…!」
「キミはいい加減にしろ!二度と娘の恋路の邪魔をするな!」
「だってぇ…」
「だってじゃない!」
「わ、分かったよ…」
でも両親の会話を聞いて、京田さんは気付いてしまったみたいだった。
「……もしかして。実はオレ、妹さんに好かれてる…とか?」
「……僕の口からは何とも……」
「ふぅん…そっか、そうなんだ…」
京田さんが少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
結局この日は僕と京田さんの最終局を、父を交えて3人で検討するだけで終了した。
(もちろん父は途中で例の詰碁集もプレゼントして京田さんを発狂させた)
19時過ぎ、京田さんが帰るのを皆で見送る。
「じゃ、京田君明日は13時な」
「はい。ありがとうございました」
彩も母の後ろに隠れて手を振っていた。
京田さんが苦笑する。
「僕、駅まで送ってくる」
もちろん道に迷うことはないだろうが、京田さんともう少し話したくて駅まで一緒に歩くことにした。
「よかったですね、無事入門出来て」
「うん。最高♪夢みたい!」
プロ試験にも受かったし、進藤本因坊の門下にもなれたし、今まで生きてきて一番いい日かもしれない!と、京田さんが舞い上がっている。
「でもビックリした。あの塔矢名人でも叫んだりするんだね」
「父限定ですけどね…」
僕は叫ばれた記憶ないです、と苦笑する。
「もうしょっちゅうケンカしてますし、かと思えば子供の前でも関係なくしょっちゅうイチャイチャしてきますし、京田さんもこれから現実を思い知ると思いますよ…」
「はは…楽しみにしてるよ」
京田さんが手を差し出してくる。
「これからよろしく」
「こちらこそ」
僕は固く、しっかりと彼の手を握り、握手した。
「次は新初段シリーズだな」
「そうですね……」
「誰とあたるか楽しみだ」
「……そうですね」
「お互い全力をつくそうぜ!」
「……もちろんです」
「進藤君、何かもう緊張してる?」
「い、いえ……、ははは…」
あの緒方先生に果たしてどこまで食らい付けるだろう。
不安でしかないけど、でも、ある意味楽しみでもある。
棋聖とあの幽玄の間で対局出来る――こんな機会は早々あるものじゃないだろう。
正式に入段する前の新人棋士の初の晴れ舞台。
自分の実力を出しきりたいと切に願う――
―END―
以上、プロ試験・本戦編でした〜。
いや〜長かった・・・めちゃくちゃ長かったです。
まさか15局フルで書くことになるとは思わなかったです(^ ^;)
結局全勝の佐為、一敗の京田さん、二敗の精菜が合格しましたね。
柳君は来年再受験、彩はこれから女流試験の方に進みます。
33話もあったので何か色々ありましたが、一番のビックリはヒカルの「いつか話すかもしれない」が今回やってきたことですね。
マジかー書いてる私がビックリしました(笑)
でもってまさかのヒカル君が門下を開いちゃいましたよ・・・!
本戦を書き出した時は全然そんなこと考えてなかったのに、これもそもそもは京田さんがヒカルの弟子になりたいとか1話目からそういう話をしていたせいですね、きっと。
最後無事弟子になれるところで終わって、話的には上手いことまとまってくれてよかったです(笑)
京田さん…結構お気に入りです。
最初と最後でだいぶ佐為に対するキャラが違うような気もしますが、京田さん的にはやっぱりヒカルに憧れてますので、ヒカルと打ち放題の兄妹が羨ましかったんですよねー。
彩と仲良くしてたのもやっぱりヒカル絡みの下心が多少はあったからだと思います。
でも立場は妹よりやっぱり兄の方が上ってことで。
兄の登場で京田さんの気持ちは妹より兄に移っていくのです。(何の話だ)
まぁこれでヒカルの弟子になりましたので、これからもちょくちょく彼は出てくると思います。
彩と上手くいくかどうかはまた後日別の話で。
プロ試験と同時進行で今回はヒカアキの名人戦も書いてみました。結局は4勝2敗でアキラさんの防衛が成功です。
リアルでも同じですが、2週間おきにあちこち行って2日碁とか大変だな〜って思います。
そりゃ1つのタイトルのみならまだマシですけど、アキラなんて女流本因坊と最後の方は王座戦も同時進行でしたもんね。
ヒカルも名人戦と早碁オープンとLGとあと色々あったかと。大変だー
それなのに余計に鳥取行ったり因島行ったり何してんの〜って思います(笑)
あっちでもこっちでもラブラブしてて、ある意味すごい結婚13年目夫婦です。
緒方先生の横で始めちゃうとかvv
FEMALEシリーズはもちろんまだまだ続きます。
次は精菜視点です。
「プロ試験終わったらどこか遊びに行こうか」とか佐為が言ってたので、初々しいデートに行ってもらおうと思います。
プロ試験編はオール佐為視点になってしまったので、他の視点をいくつかアップしてから新初段シリーズに向かおうと思います。
こんな長ったらしいプロ試験話を最後まで読んで下さった方に感謝!