●LOCAL EVENT おまけ●
「あれ……京田さん?おはようございます」
「おはよう緒方さん」
今日は関西棋院で対局がある。
もちろん前日から大阪入りしてホテルに泊まっていた私は、翌日の朝食会場で京田さんと出くわした。
「前、いいですか?」
と相席させてもらう。
「京田さんも今日関西棋院で対局だったんですね」
「うん、本因坊戦。社先生とね。緒方さんは?」
「私は名人戦です。最終予選の1回戦で……大久保七段と」
「そうなんだ、流石だね」
「いえいえ…」
大久保七段に会うのは7月にあった松山のイベント以来だ。
あの時何度も私を口説こうとしてきた大久保七段。
あの時は佐為や西条さんが助けてくれたから何とかなったけど。
今日の対局が憂鬱過ぎて仕方がない。
また言い寄って来られたらどうしよう……
思わず「はぁ…」と大きな溜め息が出てしまった。
「緊張してるの?」
「いえ、そういうわけでは…」
名人戦の最終予選は持ち時間が5時間もある。
お昼休憩どころか夕飯まで挟む長時間の大一番。
下手したら終局するのは夜の9時とかだ。
そんな時間まであの人と碁盤を挟まなくちゃいけないなんて苦痛でしかない。
でも、だからといってわざと負けるようなことはしたくない。
むしろ打ち負かしてやりたい。
「進藤君は今日は江藤九段と対局だったよね」
「そうですね」
「去年だったら一緒に大阪来れたのに残念だね」
「ふふ…本当ですね」
佐為の今日の対戦相手の江藤九段は関西棋院のベテラン棋士だ。
去年だったらもちろん七段の佐為より九段の江藤先生の方が序列が上で、佐為が大阪に出向いただろう。
でも4月に十段のタイトルを奪取した彼。
九段よりタイトルホルダーの方がもちろん上で、向こうが東京に来ることになる。
タイトルホルダーの中では棋聖が一番上だから、進藤棋聖本因坊が現在序列1位。
塔矢名人、倉田天元、窪田碁聖と続いていって、佐為は今5位だ。
4位までは全員日本棋院所属だから、通常の対局で佐為が大阪や名古屋に出向くことはもう無いのだ。
逆に最近は私が最終予選まで進み出して遠征が多くなってきた。
(私達ってすれ違いばかりだなぁ……)
「京田さん……今日お昼ご一緒してもいいですか?」
「昼ご飯?別にいいけど…」
どうしたの?と聞いてくる。
私は7月のイベントのことを京田にも話してみた。
「へぇ…そんなことがあったんだ。大変だったね」
「はい…」
「でももう大丈夫だと思うけど」
「え…?」
「大久保七段、ついに本命の菅女流三段落としたらしいから。窪田さんが言ってた」
「そうなんですか?」
7月のイベントのペア碁で彼が組んだ菅女流三段。
彼女が大久保七段の本命だったらしい。
私にちょっかい出して来たのは、実は菅女流にヤキモチを焼かせる為の作戦だったらしいのだ。
イベント後に告白して、上手くいった大久保七段は、それ以降は彼女一筋なんだとか。
「窪田さん、大久保七段と同期で仲いいから確かな情報だと思うけど」
それを聞いて安心した。
利用されたのはちょっとムカつくけど、彼女一筋ならもう私にちょっかい出して来ることはないだろう。
本当によかった。
「「お願いします」」
9時になり、大久保七段との対局が始まった。
確かに7月とはまるで別人で、開始前も「今日はよろしく」と碁盤を挟んで一言声をかけられただけだった。
打ち掛けの時間になっても、さっさと彼は部屋を後にしていた。
京田さんとお昼をご一緒して戻ると、すぐまた午後の対局が始まる。
(強いなぁ…)
公式戦での本気の大久保七段は想像以上に手強かった。
さすが過去数回三大リーグ入りを果たしただけのことはある。
でも――全く歯が立たないわけではない。
チャンスはきっとある――
「……ありません」
12時間の激闘の末、私は何とか勝利した。
投了後、大久保七段が今日初めて私と視線をまともに合わせてきた。
「流石やね…」
と一応褒められる。
「私をただの女流だと思ったら大間違いですよ」
「思ってへんよ。最近の緒方さんの勝敗結果見たら嫌でも分かるし」
「……」
「本気でリーグ入り狙ってるんやろ」
「当たり前です」
佐為を見張る為になったプロ。
だけど本気でリーグ入りだって狙ってるし、いつか塔矢名人の持つ女流タイトルを奪取したいとも本気で思っている。
佐為に見合う女性になりたいから。
彼と結婚する時、私だって肩書きの一つくらい持ってなきゃ釣り合わないからだ。
「…大久保さん、菅女流と付き合い始めたって本当ですか?」
「残念?」
「まさか。せいぜいフラれないよう頑張って下さい」
「何か嫌味ったらしいなぁ。松山でのこと根に持ってるん?」
「別に。利用されてちょっと不愉快なだけです」
「はは、ゴメンな」
少しばかり検討した後、私達は対局室を後にした。
1階に降りていくと、ロビーで京田さんが待っていてくれた。
そう――待っていてくれたのだ。
きっと私を心配して……
「お疲れ様。その顔は勝ったみたいだな」
「…彩が京田さんのことLOVEな気持ちが少し分かった気がします」
「え?」
「京田さんて紳士ですよね」
「え…っ?!そ、そうかな…」
彩の恋人である京田さん。
佐為の兄弟弟子でもあるこの彼と私は、いつか義理の姉弟になるんだろうなと思う。
もちろん私の方が姉だ。
「京田さんて彩のどこが好きなんですか?」
「え…っ///」
途端に頬が赤くなった可愛い弟と、私は一緒にホテルまで歩いて帰ったのだった――
―END―
以上、地方イベント話のその後でした〜。
実はこういうオチで。
本命を落とす為に精菜は利用された模様です。
勝ってしっかり仕返しをする精菜嬢です。
ちなみに京田さんも本因坊リーグだったので、精菜と同じ持ち時間は5時間です。
終局後、精菜の対局室を覗いたらまだいたので、ロビーで待っていてあげる優しい京田さんです。
既に夜10時とかなので、女の子が一人で出歩くのは普通に危ないよな、と。
でもってホテルに戻った後、彩に「京田さんて優しいね!」と電話で報告する精菜です。
「でしょでしょ、そうでしょ〜♪」とノロケる彩です。
そこからウッカリ2時間とか二人で話し込んでしまったので、彼女達にそれぞれ電話しようとした佐為と京田さんが
(いつまで経っても通話中なんだけど…)
とガッカリするのですよw