●LITTLE GIRL FRIEND 56●






「別れよう…」


お父さんの部屋から出てきた進藤さんの第一声に、僕の目からぶわっと涙が溢れてきた――



「進藤…さん…、大丈夫だって…言ったのに…」

「…ごめん。先生との取引なんだ…」

「取引…?」

「別れる代わりに、オレを訴えるのをやめてくれるらしい…」

「……!!」


最悪な取引だ。

でも…受け入れざるを得ない。

進藤さんの未来を…棋士生命を…守る為にはそうするしかない……


「でも、アキラちゃんと囲碁サロンで打つことは許してくれたから。また…いつでも連絡してよ」

「…はい」

「じゃ…」


それだけ言うと、早々と進藤さんは帰ってしまった。



…たった8ヶ月。

たった8ヶ月で僕と進藤さんとの交際が終わってしまった瞬間だった――









「お父さんなんか…大嫌い」


勇気を振り絞って父に文句を言いに行くと、早から父は碁盤に向かっていた。

娘の恋愛をぶち壊したくせに…この気持ちの入れ替えようの早さは許せなかった。


「…そんなに囲碁が大事ですか?僕よりも…大事なんですか…?」

「私はお前の父親だ。お前の交際相手は私が見極める」

「お父さんが何て言おうと、僕は絶対に進藤さんを諦めませんから…!」

「…今の進藤君には、まだお前はやれんよ」


父が、並べていた盤上の石を動かし出した。


「これはさっき並べてもらった進藤君の今日の一局だ」



……え?


慌てて盤を覗くと、確かに白は進藤さんみたいだった。


白の中押し勝ち。


「一応勝ってはいるが、まだ隙が多い。ヨミが甘い。先々月に彼とした本因坊リーグと同じだな」

「………」


4月にお父さんと進藤さんが戦った本因坊リーグ。

もちろん僕も見に行った。

進藤さんがコウに失敗して、中央の白の生きに手を回すことが出来なかったことが一番の敗着になった…あの一局だ。


「今のままじゃ駄目だ。彼と初めて最後まで打ったのは新初段シリーズだったが、あの時の彼の方が怖かった気がするよ」

「………」

「進藤君の実力はこんなものじゃない。…と私は思っている。買い被りかもしれないがな。はは」

「………」

「さて、進藤君は果たして何年かかるかな。次彼と打つ時が楽しみだな」

「……?」


どういう意味だろう…?

進藤さんとお父さん…単に取引しただけじゃないのか…?


「アキラも自分の棋士としての精進に集中しなさい。恋愛は…もう少し大人になってからでも遅くないはずだ」

「……分かってます。だけど……」


だけど――気持ちが抑えきれないんだ。

進藤さんが好き。

大好き。

今の気持ちのままだと…とてもじゃないけど囲碁に集中することなんて……


「私も昔…明子との結婚を許して貰う為にずいぶんと頑張ったものだ。私の場合二年かかった」

「…え…?」

「実は進藤君にも私の時と同じ条件を出した。彼が本当にアキラのことを本気なら、彼も這い上がってくるだろう。少しの間だ。待ってあげなさい」


条件?

一体何の話…?








「ああ、あの条件ね」

母に聞くと、ふふっと笑われた。


「アキラさんも知ってるでしょう?私の父も棋士だったのよ」

「それは知ってます…けど」

「私がお父さんと付き合い始めた時、私の父は三冠だったわ。お父さんはもう30だったのに挑戦者にも一度もなったことがなくてね…」

「まさか…交際を認めてもらう条件をタイトルにした…とか?」

「ええ。笑っちゃうでしょう?」

「……」


笑えない…のは、僕も棋士だからだろうか。

タイトルなんて…そんな簡単に取れるものじゃない。


「でもお父さんは取ってくれたわ。だから私は二十歳で結婚出来たの。進藤さんもきっと取ってくれるわ、アキラさんの為にね」

「……はい」


僕を本当に手に入れる為に、進藤さんはこの条件を飲んだ。

少し嬉しい気がした。

進藤さんが僕の為に頑張ってくれるんだ。

僕も頑張ろう。


そうだ、僕はまだ13だ。

少しくらい我慢したって、これから先いくらでも恋愛は出来る。

今本当にすべきことを先に頑張ろう―――









CONTINUE!

そうだよ、ヒカルといちゃいちゃしてる場合じゃないよ!