●KOREAN●


※これは佐為が通っている韓国語教室の女子視点です※









「ねぇねぇ、初心者コースの進藤君、ちょっと良くない?」

「え?あのマスク男が?」



韓流ドラマが好きすぎて習い始めた韓国語。

私の通う語学教室に彼が入って来たのは先月のことだ。

この教室は先生とのマンツーマンが主だけど、他の生徒と全く交流がないわけではない。

グループレッスンの日もあるからだ。

今日もそのグループレッスンの日で、私はその進藤君とペアを組んで会話の練習をすることになってしまった。

語学教室友達の茉莉ちゃんは、この進藤君が気になるみたいだけど…………一体どこがいいんだろう。

暗いし、全然笑わないし、てか常にしてるマスクが怖い。

つか、ぶっちゃけ、キモい。

たまにダサメガネをしてくることもあるんだけど、もうオタク度100%だ。



何とかグループレッスンを乗り切った後、茉莉ちゃんがやってきた。


「ねぇ、進藤君て何で韓国語習おうと思ったの?」

「……え?」


勇気ある茉莉ちゃんが、誰もが気になってたことをサラリと彼に聞いた。

確かにこの教室に習いに来ている8割が私みたいな韓流ドラマかK-POP好きの女子だ。

男の人も少しはいるけど、仕事で韓国語が必要になったおじさんが数名だけ。

マスクしてて正確な年齢は分からないけど、おそらく進藤君はまだハタチ前後。

大学生なんだろうか?


「旅行が趣味とか?」

「…別に」

「向こうに知り合いがいるとか?」

「…別に」

「じゃあ何で?」

「…仕事で韓国に行く機会が多いから」

「へー、大学生じゃなかったんだ?何の仕事?」

「…別に」

「…フーン」

「……」

「……」


会話が続かない。

やっぱり……キモい、無理。

でも茉莉ちゃんは「今から皆でお茶しに行くんだけど、進藤君も来ない?」と果敢に誘っていた。


「…ごめん、次があるから」

「次?」


進藤君が「じゃあ」と向かった先は、隣の中国語教室。

中国語も習ってるの??

中国にも行く機会が多いってこと??

意味が分からない……

(商社とかに勤めているんだろうか…)











韓国語教室仲間でお茶しながらダベっていた時、誰かが茉莉ちゃんに聞いた。


「何で鈴木さん、そんなに進藤君を気にかけるの?」

「フッフッフッ〜実は私は皆が知らないことを知ってるのだ」

「え?なにそれ?」

「私この前、火曜用事があって教室休んだんだ。で、土曜に振り替えてもらったんだけどさぁ〜」


同じように進藤君も土曜に振り替えていたらしい。

そしてさっきみたいに、韓国語教室と中国語教室をハシゴしようとした彼。

でも土曜はその二つの教室はお昼休憩を挟むのだ。

だから彼は教室前のカフェで昼食を取ったらしい。

茉莉ちゃんも近くの席に偶然座ったらしい。

ご飯を食べる時はマスク男の進藤君もさすがにマスクを外したらしい。

で、見てしまったらしいのだ。


マスクの下が超超イケメンな彼の素顔を!!


「マジで?!本当に?!」

「本当本当!!私思わず飲んでたコーヒー吹き出しちゃったもん!!ヤバいよあれは!そりゃ隠すよって思った!」

「そんなに?!」


皆でキャーキャー盛り上がった。

私もめちゃくちゃ見てみたいと思った。



でも結局誰も「マスク取って」なんて言い出せなくて。

(茉莉ちゃんは言ったけど、見事に拒否られていた)


数週間経つと、進藤君は初心者コースから中級者コースに上がってしまった。

私が中級者コースに上がった頃には彼は上級者コースへ。

そして結局一年くらいで彼はその韓国語教室を卒業してしまった。


(頭いいんだな…)










一方私は、二年も続けるとだいぶ韓国語も覚えてきて、大好きな韓流ドラマを字幕無しであらかた楽しめるようになった。

そこで茉莉ちゃんとソウルに旅行に行くことにした。


「韓国初めて〜♪ドキドキするね!」

「楽しみだねー」


二人で羽田に着き、チェックインしようと並んでいた時、カウンター横にデカデカと設置されている液晶テレビを見て――茉莉ちゃんが固まる。


「茉莉ちゃん?」


彼女の目の先にはこれから私達が乗る航空会社のCMが流れていた。

今月から欧米路線に導入された新機体のプロモーションCM。

囲碁のプロ棋士、進藤名人が出演しているTVでもよく見かけるもうお馴染みのCMだ。


「……進藤…君……」

「――え?」

「進藤君だ……」

「え?茉莉ちゃん、進藤君て昔教室に通ってたあの進藤君?!」


コクコクと彼女が頷く。

確かにCMの顔にマスクを付けると、私の知ってるマスク男の進藤君に見えないこともない。







ええーーー???!!!







私は反省した。

人を見た目で判断してはいけないと。

そしてあの時、キモいとか思ってごめんなさい。

進藤君だって本当はマスクなんかしたくなかったよね。

進藤君くらい有名人だと語学教室一つ通うにしても大変なんだね。




機内に入って席に着くと、前のモニターにもそのCMが流れていた。

茉莉ちゃんが「進藤君の素顔見た時、どっかで見た顔だとは思ったんだよなぁ…」と呟いていた。


現在三冠の進藤君。

そういえば来週から名人戦の防衛が始まる。

応援してあげようかな…と思いながら、私も茉莉ちゃんもカッコ良すぎる彼のCMをひたすら無言で見続けた――









―END―








高校を卒業して少し時間が出来た佐為。
車の免許も取ったし、次はアキラみたいに韓国語と中国語でもマスターしようと思い付きます。

「精菜。僕、語学教室に行こうと思うんだけど」
「…私の言いつけ守るならいいよ」
「言いつけって?」
「マスクで顔を隠すこと。女の子と話さないこと。笑わないこと。誰も興味を持たない、根暗なキモダサ男になりきるならいいよ」
「わ、分かった…」

佐為、頑張って一年間演じきりました(笑)