●TIME LIMIT〜家計編〜





「渡邊先輩、そういえば結婚されたんですか?おめでとうございます!」

「ありがとう」


入籍から早一週間。

会社のエレベーターで偶然乗り合わせた、隣の部署の後輩に祝福された。


「名前、何に変わったんですか?」

「進藤だよ」

「進藤先輩か〜。仕事はもちろん続けるんですよね?」

「ううん……たぶん近々退職すると思う」

「え、そうなんですか?」


この会社は妊婦や子育て世代に優しい。

皆当たり前のように産休、育休を取って仕事を続けている。

でも私は退職するつもりだ。

これからはこのお腹の子と、明人君を一番に考えて生きていこうと思ってるから――



「いいなー専業主婦。旦那さんがよっぽど高収入なんですね。年上ですか?」

「え?」

「だって私の彼、先輩と同い年ですけど、年収たぶん500万もないですもん。彼と結婚したら専業主婦なんて怖くてなれませんよ」

「そうなんだ…」

「先輩の旦那さん、年収どれくらいあるんですか?」

「……さぁ?」

「さぁ?!知らないんですか?!それでよく思い切りましたね!」

「……」


明人君の収入がどれくらいなのか、本当に私はまだ知らなかった。

ただ再会した時、奢ってあげると言った私に彼は

『いいんですかー?オレ、たぶん美鈴ちゃんより年収一桁多いですけど』

と言っていたから、漠然とそれなりに多いものだと思っていた。

桁が一つ多いということは……1000万を超えてるってことだろうから、私が仕事を辞めて支える側に回っても大丈夫だろうと。

でもよくよく考えると、タイトルホルダーでもないまだハタチの明人君に、そんなに収入があるとはちょっと思えない。

辞める前にちゃんと話し合った方が良さそうだ。






「ただいまー」

「あ、お帰り美鈴ちゃん」


私が仕事から帰ると、今日はオフだった明人君が夕飯を作ってくれていた。

ほぼ出来上がっているのか、すごくいい匂いがする。

エプロン姿の明人君もものすごく可愛かった。

こんなに可愛くてカッコよくて若い男の子が私の旦那さんだなんていまだに信じられない。

しかも……高収入で?

実際どのくらいなんだろう……



「あのね、明人君」

「え?」

夕飯を食べてる時に、私は意を決して聞くことにした。

「私…仕事そろそろ辞めようと思ってるんだけど…」

「そうなんだね」

「その…辞めても生活出来るかな?」

「……」


ちょっと言い方がストレート過ぎた?

失礼に聞こえなかったかな……


「…オレも考えてたんだ。美鈴ちゃんにどのタイミングで家計を任せようか」

「え…?」


明人君が立ち上がって、向こうの部屋に行ってしまった。

すぐに戻ってきた彼の手には、通帳と印鑑と…キャッシュカード。


「新しく口座開設したんだ。もちろん棋院で変更手続きもしてきた」

「え…?」

「オレの給料、今月から全部この口座に入るから、美鈴ちゃんが管理してくれる?」

「…いいの?」

「もちろん。オレより美鈴ちゃんの方がよっぽどやりくり上手そうだし」

「……分かった。頑張るね」


真新しい大手銀行の通帳。

支店名が市ヶ谷支店なのにはちょっと笑ってしまった。

棋士っぽい。

ぺらっと一枚目を捲る。

とりあえず開設時に入金したと思われる100万の残高がそこには記されていた――




結局、明人君の年収はいくらぐらいなんだろう?

まぁでも、棋士だから当然勝ち負けで金額が変わってくるんだろうな。

ぶっちゃけ変動が激しいんだろうとは思う。


ちなみに月末に初めて記帳に行くと、棋院から2回に分けて振り込まれていた。

1つは100万をちょっと超える金額。

それだけでも驚いたのに、もう一つは400万超えの金額でかなりビックリした。

というか怖くなった。


え……これ何のお金?



夜、手合いから帰って来た明人君に尋ねると、

「あー…何だろ。先月の早碁の大会の賞金かな」

と頭を掻いていた。

「早碁?」

「決勝で負けたんだけど、準優勝も一応賞金500万あるから。源泉とか引かれたらちょうどそれくらいの金額になると思う」

「へぇ…」


まぁ何にせよ、とりあえず私が専業主婦になっても問題なさそうなことは分かった。

入籍して1ヶ月後。

私はちょうど会社が年末年始休暇に入るタイミングで退職した。

これからは明人君を支えることに専念したいと思う――








―END―








以上、家計編でした〜。
全然そんな感じに書いてませんが、明人君は普通に棋士の中でもトップクラスで、既にアキラクラスです。
リーグにも本戦にも進んでるし、何度か挑戦者にもなってる八段です。
てことで、年収もめちゃくちゃ高いんですよ、美鈴ちゃん。
おそらく2月の確定申告で彼女は初めて正確な金額を知ることになると思われますが、もちろんビックリ仰天です。
(でもって半年後に届く税金の納付書の金額にもビックリ仰天します 笑)
独身時代の貯金はもちろん二人ともそれぞれが管理してます〜。

ちなみにこの家計パターンはFEMALEシリーズの佐為も同じです。
佐為も結婚直後に給与口座を変更して、それを精菜に渡して家計管理を丸投げしています。
でもって独身時代に貯めたうん億というお金は佐為自身が管理してるのですよw
(正確な金額は精菜にも内緒です〜)

ちなみにヒカアキは全く違います。
結婚後も財布は別々で、家計費口座に必要な分だけをそれぞれが入れてる感じです。
これはどのヒカアキも共通ですね。
お互いの年収をお互い知りません〜w