●TIME LIMIT〜囲碁編〜●
ネット碁はたまにプロが紛れ込む。
が、ホント『たまに』だ。
バイト先の碁会所のお客さんは素人のじーさんばかり。
囲碁歴は無駄に長いくせに、全然力に比例してないっていうか…。
「………はぁ」
「また溜め息ですか?進藤先生」
「あ、すみません…」
最近、週刊碁を読むと溜め息が出る。
そもそもオレがこの新聞を読むのは、塔矢の写真を見るためだった。
でも、自然と棋譜や記事も目に入ってくるものだ。
へぇ…倉田さんが本因坊の第六局勝ったんだ。
お、若獅子戦。
なっつかし〜、オレ二回優勝したんだっけ…。
お、こっちの棋譜も面白い。
緒方先生と芹澤先生のAK杯決勝かぁ…。
いいなぁ…。
オレもこんな真剣な碁…打ちたいなぁ……
「そういえば、来週隣町に大型ショッピングセンターがオープンするそうですよ」
「へー…そうなんですか」
「何でもオープニングイベントを色々開催するみたいで、その中にプロ指導の囲碁体験コーナーもあるとか」
「へぇ…プロ?」
「聞いたことのない名前でしたけどね」
「へぇ…」
へぇ…へぇへぇへぇ〜
誰か分かんないけど、取りあえずプロが来るのか。
もしかして久々に本気で打てるチャンスかも?
面白い。
行ってみよ〜っと♪
「千明、バイバーイ」
「バイバ〜イ」
そのショッピングセンターのオープン初日。
千明を保育所に送っていった後、即座に車で向かってみた。
ちょっと前髪カラーリングしちゃったりして。
ちょっと伊達眼鏡かけちゃったりして。
知ってるプロだったら大変だから、念のため変装して体験コーナーに直行してみた。
「岡山…初段?誰だよ」
渡されたパンフを見てちょっとガッカリ。
今年入段したばかりの新人なんてさすがにオレも知らない。
まぁ…確かにこんな小規模な地方の無料イベント、有名棋士が来るわけないよな…。
期待したオレがバカだった。
帰ろうかな……
「こちらで指導碁受け付けてまーす」
受付のお姉さんが可愛いから、やっぱ一局だけ打っていこう。
「こちらにお名前お願いしまーす」
「はーい」
て、進藤ヒカルとはさすがに書けないから、三谷の名前でも借りよう。
三谷…祐樹、と。
待つこと30分――オレの番が回ってきた。
「大学生ですか?」
と岡山プロが話しかけてくる。
「ん…まぁね」
「棋力はどのくらいですか?」
「…たぶんコミ無しぐらいでいい勝負だと思いマス」
「分かりました」
ただし、ハンデを背負うのはオレだけど…な。
「「お願いします」」
約一時間後――真っ青になった岡山プロがいた。
初段に六子じゃ余裕過ぎた…か。
九子にすればよかったな。
「…岡山センセ、もうちょっと、コウの練習した方がいいよ」
「え?あ…」
「アドバイスはそれだけ、後はそんなに悪くない。じゃあね」
「……」
茫然とオレを見る岡山初段。
正体がバレる前に、さっさと退散した――
「パパ!」
「千明〜、今日も楽しかったか?」
「みすずちゃんとブランコしたの〜」
「そっかー」
「…パパもおしごと、たのしかったの?」
「え?」
「パパ、うれしそうだもん」
「へへ…分かる?」
「うん!」
ぶっちゃけヘボい奴だったけど、やっぱプロと打つのは楽しかった。
また…こういう機会、あるといいな――
余談だが。
オレが復帰後、初のリーグ入りを果たした時の記録係が、偶然にも岡山プロだったりする。
「あ!!」
と彼が大声をあげたのは言うまでもない話。
―END―
以上、囲碁編でした〜。
やっぱり棋士だから打ちたくなるんです、てことで。
全然知らないプロにしてみましたが、知り合いでも面白かったかもしれないですね(笑)
アキラだったら速攻Uターンして逃げると思うけど(笑)