●HIGH SCHOOL〜プロローグ SIDE:HIKARU〜


塔矢がある日突然

「進藤、高校に行こう」

と言ってきたのは去年の12月―。


いきなり何言い出すんだコイツ…。

つーか無理に決まってんじゃん!

オレの成績知ってんのかよ?!

普通にいったらまずどこも受かんねぇ!


自分のアホさ加減に少々落ち込んだが……オレには碁がある。

勉強なんか出来なくても、これさえあれば一生生きていける―。

高校なんか必要ない。

勉強ももうこりごり。



…でも塔矢はどうしてもオレと一緒に高校に行きたいらしい。

オレと甘い学生生活を送ってみたいんだって。


…ちょっとは可愛いとこあるじゃん?

だから、しょうがないな〜って感じで、一緒に高校探しに付き合ってやった。



そして見つけたのが今の高校。

普通に学力試験で受けたらまず100%受からないと思われる、偏差値が60そこそこの進学校だ。

だけどこの学校は勉強以外にも力を入れていて、スポーツ、芸術、文化系など各分野から将来見込みのありそうな生徒を、特待生として数多く迎えていた。

既にプロであるオレ達もまた、当然のようにその特待生として入学を許可されたんだ―。







「塔矢〜、帰ろうぜ」

「うん」

昼メシ同様、帰る時も毎日オレは塔矢を誘いに隣りの4組に寄っている。

でも帰るといっても、同じ学校の敷地内にある寮に移動するだけ。

歩いて10分程度だ。

一応都内とはいえ、都心から2時間も離れてるこの学校に、自宅から通うことはとうてい無理な話で、オレらは寮に入ることになった。

寮っつっても一人部屋だし、風呂もトイレもキッチンも部屋についてるから、一人暮らしをしているような感覚。

朝・夕飯は1階の大食堂に行けば食べれるから、そこだけが一人暮らしとは違うかな?

隣接してるとはいえ寮はもちろん男女別になっていて、異性禁制だ。

だからオレらは放課後になると一度部屋に戻り、鞄を置いて着替えた後、学校近くのカフェで対局するのが日課になっている。


「明日は手合いだなー。オマエは何戦?」

「名人の2次予選。キミは?」

「天元の2次」

「お互い頑張ろう」

「ああ」


そして一局打ち終わった後、勉強タイムのスタートだ。

偏差値60のレベルに合わせて進められる授業は、当然オレが付いていける代物ではない。

だから都内でも有数の進学校・海王出身の塔矢に、毎日毎日予習復習宿題も手伝ってもらってようやくなんとか理解出来そうかな?って感じだ。

テストん時はもう……塔矢のヤマと、オレの記憶力頼みだな。



「そういえば…もうすぐ北斗杯の予選だね」

「オマエはいいよな〜。既に選手に決定しててさ」

「キミも頑張って。期待してるから」

「まぁ…そりゃ頑張るけどさ、関西にも結構強い奴がいるんだって。本田さんが言ってた」

「へぇ…じゃあぜひキミとその関西の人が当たりますようにって、お願いしておくよ」

「オマエなぁ…」

塔矢はいかにもオレが勝つような口振りだ。

確かにオレだって負ける気はない。

だけど……自信もない。

この高校に来てから前より碁の勉強時間が減った気がするし…。

森下先生の研究会にももちろん出てないし…和谷が始めた若手の研究会にもほとんど顔を出してない。

手合い以外の仕事だって土日しか出来ねぇし…。

毎日毎日勉強漬けで…この高校生活って、オレに何かメリットがあんのかな…?


「北斗杯が終わったら直に中間テストだね」

「……はぁ」

ますます落ち込む…。

もうヤダ…。

オレはガクッと机の上に突っ伏した―。


「…でもそれが終わったらすぐに球技大会だし、6月に入ったら遠足もあるね」

「え…?」

それに反応して顔をあげると…塔矢がニッコリ笑って、楽しみそうに注文していたアイスティーを飲み始めた。


球技大会に遠足かぁ…。

確かにすげー楽しみかもっ!


「…進藤、僕らは本当は高校なんて通う必要はないんだよね」

「まぁ…そうだよな。とっくに進路も決まってるし、社会に出てるし、収入もあるしな」

「この3年が棋士にとってどれだけの損害になるかは分からないけど…、でも、それ以上に僕は大切なものが作れると思うんだ」

「なに?それって…」

塔矢が少し照れたように下目遣いでこっちを見てきた。

「…思い出。僕はキミと高校生活の思い出を作りたくて、わざわざここまで来たんだ」

「なんだ…それだったらオレもそうだよ。女子高生のオマエを堪能しにここまで来た」

自信満々にそう言うと、塔矢の頬が少し赤く染まった―。


「…たぶん3年もあると僕らのことだから、またケンカしたり…色々あると思うけど…」

「そうだな」

「でもそれを含めても、僕はこの高校生活が楽しみで仕方がないんだ」

「オレも」

塔矢が少し笑って、右手を差し出してきた―。


「これから3年間よろしくね。有意義な学生生活が送れるよう、お互い頑張ろう―」

「おぅ、よろしくな」

そう言って握手しようと見せかけ、オレは塔矢の手を取って――甲にキスをした―。




こうしてオレらの高校生活はスタートしたんだ――。













〜プロローグ 終〜