●HAPPY LIFE●





僕は困っていた。


無二のライバルである進藤ヒカルに

「好きだ」

と告白されたからだ。


僕は考えた。

彼氏とは僕をこの緊張の世界から解き放してくれる存在ではないのかと。

安らぐ場所を与えてくれる人。

一緒にいて落ち着ける人。

そんな人を僕は交際相手に望んでいた。


だが、進藤は僕の中では丸っきり逆な存在だ。

むしろ僕に落ち着く暇もなく、常に緊張感を与え続けてくれるライバル。

そんな彼を彼氏にしてしまったら僕はどうなるのだろう。

いくら僕でも24時間365日緊張の世界にいたら気がおかしくなってしまう。

かといってオンとオフで気持ちを切り替えるなんて器用なこと、僕には出来そうにないし…。



考えに考えぬいた結果―――僕は彼の告白を断ることにした。




「すまない…」

「……納得いかねー。オマエ、オレのこと嫌いなのかよ?」

「好きとか嫌いとかじゃない。僕は一緒にいて安らげる人と付き合いたいんだ」

「オレとじゃ安らげねーって?」

「ああ」

「……」

「キミのことは嫌いじゃないよ。むしろ好きだと思う。でも、彼氏にはしたくないんだ。ライバルのままでいてほしい…」

「…兼用出来る男って便利だと思うけど?」

「僕は切り替えが上手くない。きっとキミと付き合ったら………疲れてしまう」

「………そっか」


小さく溜め息を吐いた進藤。

少しの沈黙の後、僕の手を取って…とんでもないことを口にしてきた。


「…分かった。諦めるよ。でも、オレのこと嫌いじゃないんだよな?好きな方なんだよな?なら……思い出だけでもくれない?」

「え?」

「一晩…いや数時間。二、三時間でもいいから…オマエと…」


真っ赤な顔になった彼は、僕が何を言ってるのか理解する前に自分のマンションに引っ張っていった。



「思い出って…これ…」

「一回だけでいいんだ。終わったら…オマエのこと諦めるから…」

「………」



僕を抱きしめて苦しそうな顔をしてくる彼を、拒否することなんて…僕には出来なかった。

何度もキスされて何度も何度も耳元で「好き」を連発してくる。

本当にこれで諦めてくれるのか不安になるくらいに。

初めてのこの行為はただ痛くて苦しくて……

進藤の方も同じなのか、終始辛そうな表情だった。



「塔矢…塔矢ぁ…」

「進藤…」

「ダメだ…オレ。やっぱ諦めるなんて無理!」

「最初と言ってることが違うじゃないか…」

「だって……」


余計好きになった、とか、ほざいてきた。


「ふ…ふざけるな!」

何とかドンッと彼を押し退ける。

「…キミの気持ちは嬉しい。でも、キミじゃ駄目なんだ…。…ごめん」

「塔矢……」


急いで服を着て、僕は逃げるように一目散に家に帰った。

罪悪感にズキズキと胸が痛む。

でも、僕は進藤とは付き合えない。

僕に相応しいのは彼じゃないんだ。

そう自分に何度もそう言い聞かせた。










―――翌日


囲碁サロンに行くと、

「打とうぜ、塔矢」

と、いつもの進藤がいてホッとした。

よかった、このままライバルの関係まで一緒に崩れてしまったらどうしようかと思ってたから。

ちなみに進藤が昨日の話をすることは二度となかった。


そのうち季節が秋から冬に移った頃―――僕は一つの噂を耳にする。

『進藤が女流の子と付き合い始めた』

…って。

ふぅん…そうなんだ。

よかったね、と思うのと同時に……何だか胸がチクチク痛む。

一体何なんだろう…この痛みは。


「昨日彼女と水族館に行ったんだぜ」

「……へぇ」


そして一体何のつもりなんだろう…この男は。

何でいつもわざわざ僕にデートの内容を報告するんだろう。

ああ…イライラする。

くそ……またチクチクしてきた。


「………っ」

「…塔矢?大丈夫か?」


その痛みは腹部にも移動して、僕のお腹を締め付けた。


「大丈…夫…、…い、痛…っ」


何とか進藤にそう答えたのが、僕の意識の最後だった―――










「塔矢!!」

「アキラさん…!」

「アキラ君!」


僕はどうやらあのまま意識を失ったらしい。

目が覚めるとどこかの病室にいて……手に点滴が。

顔を横に向けると進藤や両親、緒方さんや市河さんの姿があった。

僕が意識を取り戻したことに、皆ホッとしているようだった。

ただの腹痛ぐらいで大袈裟だ。


「アキラ君の意識も戻ったことだし、俺らは退散するとするか」

「ええ。そうね」

「じゃあな、進藤。頑張れよ」

「あ、はい」



……?


進藤だけを残して、皆すぐに帰ってしまった。



「進藤…?」


真っ赤な顔をして、彼は何かを言いたげに突っ立っていた。


「あの……さ、塔矢…」

「なに?」

「………ごめん」

「何が?」

「その、オマエさ…」

「うん?」

「最近……生理あった?」

「……は?」


生理…?

何なんだ?急に…


「結論から言うとな、無事なんだって。よかったな」

「無事って?何が?」

「………お腹の子供」



―――は?



当然固まってしまった僕に、進藤は今12週目だとか嬉しそうに説明してくれる。

に、妊娠?僕が?キミの子供を?


「ありえない……」


ショックでまた意識が飛ぶかと思った。


「…産むの、やっぱ嫌…だよな。ごめん…」

「謝って済む問題じゃないだろう…!!」

「でもオレは医者からその話を聞いた時、すっげー嬉しかった。オマエのこと…大好きだから」

「…彼女出来たくせに…」

「あれは…!オマエを忘れようと思ってだな!て、…いいや、その話は。もう別れたし…」

「はぁ??」

「やっぱりオレはオマエがいい。塔矢がいい。お腹の子…堕ろしたりしないよな?産むよな?オレにも子育て手伝わせてくれない?」

「………」

「オレ、一生オマエを大事にする。幸せにする。だから…だから……」




―――オレと結婚して下さい―――




進藤にそう頭を下げられて、僕は溜め息をつくしかなかった。


「…分かった。完敗。負けたよ…」

「塔矢…!じゃあ…っ」

「指輪…買ってね?」

「うん!うん…!!」


やったー!と抱き着いてくる彼を、実は少し笑顔で受け止めている僕がいた。



僕の理想とは正反対の男―――進藤ヒカル。

彼と結婚して、僕が安らげるはずはないだろう。

でも、彼ならきっと僕のことを誰よりも想って、愛してくれるから。

本当に幸せにしてくれそうだったから、僕は彼に決めることにしたんだ。



「とりあえず…結婚したら毎朝毎晩打ってもらうからな」

「おう!」

「家事は分担だからな」

「任せといて♪」

「あと、毎日好きって言ってね」

「……!」



―――僕の幸せはすぐそこに―――









―END―








以上、ライバルを恋人にすることに悩むアキラさんのお話でした〜。
最後はもう恋人を通り越して…出来ちゃった結婚みたいですが(笑)
私の書く王道話って感じですねー…何か。
思い出だけ!って言ってそのまま出来ちゃうのです(笑)