●HAPPENING●
「今回の王座戦も楽しかったよな〜。久しぶりにアキラと五番勝負出来たし」
「そうだね…」
王座戦・最終局。
勝ってご機嫌なヒカルと、僕は部屋に戻ってからも検討を続けていた。
悔しい。
タイトルを取られてしまったことももちろんそうだが、どうして挽回出来なかったんだろうと不満が残る。
そしてどう打ったとしても今日の碁は負けだったと認めた後で、僕はようやく今期の王座戦を振り返ることが出来た。
ヒカルと僕の、もう何度目になるのか分からないタイトル戦。
王座はこれで…5回目だっただろうか、10年ぶりだ。
相変わらず勝ったり負けたり、タイトルを取ったり取られたり。
彼のおかげで刺激のある有意義な棋士人生を送れていると思う。
もちろんプライベートでも――
「じゃあ僕は自分の部屋に戻るよ。お休み」
そう言って立ち上がろうとしたところで――腕を掴まれた。
グイッと引っ張られて、彼の胸に抱きしめられる。
「アキラ…」
と甘くて低い声を耳元で囁かれた。
「帰るなよ。いいだろ…?」
「……」
いいも何も、もうする気満々なくせに。
敷かれた布団に倒されて、頬や首筋に次々とキスを落としてくる。
「…オマエとのタイトル戦っていつもすっげー興奮する。まだ治まらないから付き合って?」
「…疲れてないのか?」
「疲れてるよ。でも、これは別。デザートが別腹なのと同じ」
僕はデザートか?と少々引っかかったが、弱い部分、感じる場所を触られると僕もすぐに反応してしまった。
ヒカルだけが知ってる場所。
ヒカルだけが僕の体を知っている。
ライバルであると共に――夫である彼だけが。
告白されたはまだ10代半ばの頃。
プロポーズは19歳。
実際に式をあげたのはハタチの時だった。
あの時交換したプラチナリングは、今でも僕らの薬指で輝いている。
「…子供達…もう寝たかな…」
「何だよ急に。12時にもなってないし、まだだろ。棋譜もらってオレらの最終戦検討してるかもよ?」
「…そうだね…」
21歳の時に産んだ長女と、24歳の時に産んだ長男。
嬉しいことに二人とも棋士の道に進んでくれた。
思春期は何かとぶつかることも多かったけれど、成人した今ではずいぶん二人とも落ち着いてきて、それなりにいい親子関係が築けていると思う。
ヒカルと築いた僕の大事な家庭、家族。
ぎゅっと彼に抱き着いた。
「キミと結婚してよかった…」
「ん、オレも。アキラと結婚してすっげー幸せ♪」
夫婦生活は今では月に一度あるか無いかぐらい。
今夜も約一ヶ月ぶり。
久しぶりの蜜月を、若い頃に戻ったかのように長時間楽しんでみた。
四捨五入すると50にもなるこの体に、予想外のことが起きるなんて、この時は思ってもみないで―――
「おめでとうございます、10週目に入ってますね」
「………は?」
年が変わり、世の中がバレンタインデーで可愛く彩られてきた頃。
僕は婦人科を訪れていた。
ここの所どうも調子が悪い。
更年期障害だろうか。
生理も来ないし、ついに閉経か。
そう思って来たのに……
「…妊…娠…?」
「はい」
この僕が?
もう20代になる子供が二人もいて、いつおばあちゃんになってもおかしくない…この僕に?
ど…どどどど…どうしよう…!!
ふらふらしながら何とか自宅に戻ると、庭の植物に水をやっていたヒカルと目が合った。
「お帰り。どうだった?やっぱ更年期系?深刻な病気じゃないよな?」
深刻…?
いや、めちゃくちゃ深刻だろう。
まさかこの歳になって…この歳になって…!!
「アキラ?」
「は…話がある。中で話そう」
「え?ああ…」
僕の様子がおかしいので、ヒカルが心配そうに付いてきた。
リビングのソファーにもたれて、深呼吸して、気持ちを落ち着かせて。
それから婦人科で渡された紙と写真を彼に見せた。
おめでとうございますと予定日が書かれた紙と、お腹の中に宿った新しい命を証明するエコー写真を――
「……え?これって…」
「ああ…この体調不良は他でもない、妊娠のせいだって言われた」
「…本当に?」
「僕だって信じたくないよ。この歳なって今更…」
ブツブツ不平不満を言って落ち込む僕とは正反対に、ヒカルの顔は見る見る綻びてくる。
「そっかぁ…妊娠かぁ。赤ちゃんかぁ〜」
「……キミ、もしかして喜んでる?」
「当たり前だろ!なに、オマエ嬉しくないの?」
「…恥ずかしいよ。それに不安だ。今更一からまた子育てをするなんて考えただけでゾッとする」
「何とかなるって!うわー、どうしよ。9月がすっげー楽しみ♪体大事にしなきゃな!」
「………」
脳天気な夫に目眩がしそうだ。
もちろん僕も堕ろすなんてことは考えてないが。
ああ…子供達になんて説明しよう……
「実はさ〜〜大大大重大発表があるんだ!」
その晩――研究会や指導碁から帰ってきた娘と息子に、ヒカルの口からお腹の子のことを話してもらった。
当然子供達は食べていた夕飯を喉につまらせたり、吹き出したり…。
「うっそー!本当に?!きゃー!おめでとーお母さん!」
「やるなぁ親父。いつ作ったんだよ?」
「そうそうそれなんだけどさー、逆算すると去年の王座戦の時の――って、痛っ」
バカ正直にペラペラ夫婦生活を話しだすヒカルの足を、思いっきり踏んで睨んでやった。
でもヒカルの言ってることは確かで、逆算するとあの時の子に100%間違いないだろう。
まさかこの歳で身篭るなんて思ってもなかったから…当然避妊なんてしなかったし。
年甲斐もなく激しい夜だったし。
ああ…思い出したら熱が出てきた。
「アキラは悪阻が酷い体質なんだ。だからこれから家事は分担だからな。重いものとか絶対にお母さんに持たせるなよ」
「「はーい」」
息子が出来た時、娘はまだ2歳で、悪阻中もお腹が大きくなってからもずいぶん大変だった記憶がある。
だからいつの間にか僕の中で妊娠=大変というイメージがついていたみたいなのだが…。
でも子供達が成長した後で身篭るのは、またひと味違うのかもしれない。
「俺、赤ん坊にミルク飲ませてみたいなぁ」
「私一緒に散歩してみたい。絶対私の子供だって間違われるよね〜」
まるで親が4人いるみたい?
そう思うと、ずいぶん気持ち的に楽になった気がした。
―――そして約7ヶ月後
僕はヒカル似の元気な男の子を無事出産した。
「この子の為にも、オレらもまだまだ現役で打ちまくろうな!」
というヒカルに、
「そうだね…」
と僕は微笑んだのだった。
―END―
以上、40代後半(?)で思わぬ妊娠をしてしまったアキラさんのお話でした〜。
いや〜、お気に入りの韓流ドラマでそういう展開があったのですよ!
面白かったのでヒカアキラ子でもやってみようと思いまして(笑)
でもホント、子供が成人した後に出来るのって夫婦にとってまた一味違うんじゃないかなって。
孫にデレデレになるのと同じくらい、デレデレの甘々になるんじゃないかなって。
でもって成長した子供達も一緒になって皆で子育て出来るんじゃないかなって。
想像すると楽しいです(笑)