●義父●


〜アキラ視点〜



もうすぐ進藤が結婚する。

相手は彼がもう3年も交際してきた女の子だ。



「ずっと好きだったんだ…」


僕はあえて告白した。

未練が残らないよう、キッパリとフラれる為に。


「…うん、知ってたよ」

「気付いてたのか?」

「ああ。今更告ってくるなんて思わなかったけどな…」

「…答えはもちろん『NO』なんだろう?」

「うん…ごめん。今のオマエとの関係を崩したくない。ライバルのままでいたい…一生」



一生…か。



「分かった。ごめんね」

「…オレの方こそ…ごめん」

「どうしてキミがそんな顔するんだ。泣きたいのはこっちだよ」

「だって……」

「じゃあ…またね。棋院で」



進藤にフラれた僕は、家まで何キロもある道を…とぼとぼと歩いて帰った。

途中の橋の上で足が止まった。


「…やっぱり…辛いな…思ってた以上に…」


溢れてくる涙が止まらない。

下を覗き込むと大きくて深そうな川が流れていた。

冷たそう…。

ここから落ちたら…死ねるだろうか…。

結婚して…幸せそうに笑う進藤の姿を見なくてすむだろうか…。

楽になれるのだろうか…。

自然と柵に足をかけた。



「何をしてるんだ!早まるのはやめなさい!」


いきなり大声がして、気付いたら僕は引っ張られて――男の人の胸に収まっていた。


「全く…何があったのかは知らないが、せっかくの命だ、大切にしなさい。まだ若いのに…。人生なんていくらでもやり直しがきくんだよ?」

「…だっ…て……」


結婚しちゃうんです。

ずっと好きだった人がもうすぐ結婚しちゃうんです。

彼の幸せをこの先一生…傍で見続けなくちゃならないんです。

そんな辛い試練に堪えられるわけがないでしょう?

僕はこの初対面のオジサンの胸で泣きまくった。


「きっと新しい恋が見つかるよ」

と言ってくれたオジサンに

「じゃあ僕の新しい恋の相手になって下さい」

と頼みこんだ。


その時初めてそのオジサンの顔を見た。

ああ…進藤と同じ薄い瞳の色をしている。

彼と同じ…前の髪だけ少しだけ明るい。

まるで未来の進藤。

年をとったらきっと彼はこんな感じになるんだろう。

運命的な出会いを感じた。


「…分かった」


了承してくれたオジサンと、僕は一緒にホテルに行った。

そこで初めて自己紹介をする。

塔矢アキラと言います。

あなたは?


「進藤だよ。進藤正夫」

「進藤…ですか」



本当に運命ってあるんだと思った。







******************


〜ヒカル視点〜



「お母さんね、もうお父さんと離婚前提で別居することにしたから。だから悪いけどアンタの結婚式にも出てあげれない。あの人ともう二度と顔を会わせたくないから」

「……冗談だろ?」


ごめんね、と母さんはオレに一言謝って、纏めていた荷物を持って出ていってしまった。

今日、大事な話があると久しぶりに実家に呼び出された。

前にオレがここに来たのは、両親に婚約したばかりの彼女を紹介した時だった。

その時と同じ部屋で…今日両親の離婚の危機を告げられてしまった。


「どういうことだよ!何があったんだよ!?」

すぐに父さんに詰め寄って問いただした。

聞かされたのは信じがたい話だった。


「好きな人が出来たんだ。彼女には私が必要だ。お母さんとは別れて彼女と人生をやり直そうと思ってる」

「……冗談だろ?」


この親父が浮気…?

しかも母さんより…その浮気相手を取るっていうのかよ!


「お母さんが式に来たくないと言うのなら仕方ないな。それまでに彼女と結婚することにするよ。ヒカルの結婚式には新しいお母さんを連れていくから」

「…ざけ…んな」


ふざけんな。

ふざけんな。

ふざけんな!!!


しかも次の休みに、その『新しいお母さん』とやらを紹介してくれた。

ありえない。

ありえない。

マジありえない!!!



「…塔……矢…?」

「やぁ進藤。キミのお父上と結婚することにしたから」

「…は…あ…?」

「キミって父親似だったんだね、知らなかったよ」

「…どういうこと…だ?」

「どうもこうも。実はキミにフラれた後、自殺しようとしたんだ。でもこの正夫さんが助けてくれてね。しかもキミに似ていて僕は一目惚れしたんだ。まさに運命の出会いを感じたよ」


ただの浮気ならまだしも、息子と同い年の、しかも息子の同僚の女に夫が手を出した。

それを知った母さんは出ていった―――ということらしい。



―――ちょっと待て。

これってもしかして……


「オレのせい…?」

塔矢がくすっと笑ってきた。

「そうかもね。キミが僕をフラなければ、僕が自殺を試みることも正夫さんが僕を助けることも出会うこともなかった。そしてキミの両親が別れることも。全部キミのせいかもね」

「頼む塔矢!考え直してくれ!人の家庭を壊して何とも思わねーのかよ?!」

「キミは僕の心を壊した。おあいこだよ」

「そんな…っ」

「でも僕も鬼じゃない。チャンスをあげるよ」


親か、フィアンセか、選ばさせてあげる。

フィアンセを取るなら、僕はキミの結婚式に母として出席する。

でも親を取るというのなら、キミの家庭は今まで通りだ。

ただし彼女と別れて僕と付き合ってもらうけどね――と恐ろしい選択を迫ってきた。

駄目だこりゃ…ともう一度父に駆け寄って塔矢と別れるよう頼んでみる。


「私は彼女を幸せにしてやりたいんだ。お前が婚約者より彼女を選ぶというのなら、間違いなく彼女は幸せになれるだろう。彼女はお前に託してもう一度お母さんとやり直してもいい」

「なんだよ…それ」


駄目だ。

こうなったら母さんしかいない。

母さんにもう一度父さんと寄りを戻すよう頼んでみるしかない。

でも……


「元はと言えばアンタのせいじゃない。アンタがあんなお嬢さんを連れてくるから。大人しく塔矢さんと付き合ってればよかったのよ!」

と逆ギレされてしまった。


「んだよ…これ。みんなオレの気持ちはどうでもいいのかよ…。オレの気持ちなんか…」


最後は彼女に相談した。

「何よそれ?まさか親の為に私と別れるつもりじゃないでしょうね?」

「オレの親なんて…どうでもいいんだ…?」

「そうじゃないけど…、別に同居じゃないし。私が悩んでも仕方ないし…」

「オレがこんなに困ってるのに?お前…自分のことしか考えてないんだな」

「何よ私に当たらないでよ。自分の親のことでしょ?自分で何とかしなさいよね」

「………」


何か…オレの気持ちなんてどうでもよくなってきた…。

オレのコイツに対する気持ちなんて…。

塔矢と付き合うことで今までの平凡な家庭が守られるなら…その方がいいような気がしてきた…


「…ああ、自分で何とかするよ。オレは塔矢を選ぶよ。これで何もかも元通りだ」

「……は?」

「じゃあな。お前とはもうサヨナラだ」


色々文句を言ってきた元婚約者に、オレは金でケリをつけた。

そして三人を集めて、まずは塔矢にお願いした。


「彼女と別れた。オマエと付き合うから。だから父さんとは別れてくれ」

お願いします、と頭も下げた。


「ふぅん…キミって親思いなんだね」

「誰だってそうだろ?自分の親には最後まで連れ添ってもらいたいモンだろ?」

「自分を犠牲にしてまで?」

「ううん…犠牲にするほどの女じゃなかったよ」


家族を捨てるほど…そこまで惚れてたわけじゃない。

ただ数年付き合うと自然と結婚話が出てくるだろ?

彼女が結婚したがってるみたいだったし、オレも結婚願望がないわけじゃなかったし、子供もほしかったし…で話を進めただけだよ。

でもその程度の気持ちで親が別れるなら、オレの方が別れる。


「好きでもない僕と付き合ってくれるんだ?言っておくけど僕は何年も交際を続けるつもりはないよ。付き合ったらそのまま結婚まで一直線だ」

「残念だよ…オマエとは本当は一生ライバルのままいたかったから。一度でも手を出しちまったら…きっと今まで通り打てない」

「そうかな?打てるんじゃない?心がないなら尚更…」

「ないわけ…ないじゃん。オマエ…そんなに綺麗で魅力的なのに…」


一度でも触れたら最後、自分を失うぐらいのめり込むのは目に見えてた。

もう二度と手放せない。

離れられない。

もし塔矢が離れようとしたら…、きっとオレは壊れる。

彼女を殺してでも傍に置こうとするだろう。

他の誰かを好きになったら、きっとそいつを殺してしまうだろう。



「怖いだろ?こんなオレでも本当にいいの?」

「もちろん…」

「オレ…オマエに告られた時嬉しかった。本当はすげぇ嬉しかった。あんなにフルのが惜しいと思ったことは今までなかったよ…」


だから今、こうなってちょっと喜んでる自分がいた。

ただ―― 一瞬とはいえ、塔矢は父さんの婚約者だった。

その事実がオレを黒くする。

そこまで話が進んでいたのなら、塔矢は間違いなく既に父さんのお手付きだろう。

考えれば考えるほど……嫉妬や怒り、更には殺意が芽生えてくる。


「父さん、母さん…」

オレは今度は両親に頭を下げた。

どうかどうか一生寄り添って元気で長生きして下さい。

そして――


「オレと縁を切って下さい」


両親も塔矢も途端に驚きの表情に変わる。

オレ、変なこと言った?

当然だろ?

だって、塔矢はもうオレのものだもん。

そしてその塔矢に触れたことのある奴を許しておけると思う?

あくまで父親だから命は奪わない。

その代わり、もう二度とそのツラを見せんな。


「ヒカル、安心しなさい」

殺気立つオレに向かって、父さんは笑ってきた。

「私は指一本塔矢さんには触れていないよ」



―――え



「確かに彼女を助けた後、一緒にホテルには行った。だが私はすぐにお母さんをそこに呼び寄せた」

「―――は?」

「そして三人で考えたんだ。ヒカルがあのお嬢さんより塔矢さんを選ぶにはどうしたらいいか――と。上手くいってよかった」

母さんも「ごめんね、騙して。一連のことは全部演技だったの」と謝ってきた。

「私もね、あなたがあのお嬢さんと結婚するって報告に来た時、ちょっと違和感を感じたのよ。だってヒカル、あなた事務的に紹介してるだけで全然幸せそうに見えなかったんだもの。お嬢さん一人で浮かれてる感じだった。だからお父さん達の話に乗ったの。もちろんヒカルに本当の幸せを掴んでもらう為よ。どう?今こうなって、幸せ?」



幸せというか…………


騙された!!!って叫びたい感じ………



「進藤、僕に触れるのはキミが最初で最後だから安心して」

「………」


オレが…最初で最後。

その意味を考えると、オレは確かに幸せを感じずにはいられなかった。

コクンと頷く。


「本当、上手くいってよかった♪キミのご両親には感謝しきれないよ」

「はは…」



後日、オレの方も塔矢の両親――塔矢先生と明子さんに挨拶に行った。

そこでは終始照れくさそうで幸せそうに笑ってるオレらがいた。









―END―




ナンダコレw