●PAST&FUTURE●
誰にだって忘れられない過去がある。
若かった僕ら。
好奇心旺盛、研究熱心だったあの頃。
乗り越えた先に待っていたのは―――永遠のライバルという関係
「私ね、昨日ついに進藤さんとしちゃったの」
彼女のこの言葉に、周りにいた女流棋士はキャーと歓声を上げた。
いいなぁとか、どうだった?とか、詳しく聞こうとする傍らで、僕は反対に聞こえないように耳を塞ぐ。
ライバルの恋愛ごとには興味がない。
打ってくれればそれでいいという結論に達したんだから――
「煩いわね…。ゆっくり温泉に浸かれやしないわ」
と横で唸る奈瀬さんに同感。
「進藤なんて、どこがいいのかしら」
進藤を昔っから知ってる僕らにとっては、彼の今の人気がいまいち理解出来なかった。
身長が170を超えた頃からだろうか、彼が女の子達から人気が出てきたのは。
ファンからも院生からも女流の後輩棋士からも、かなりの数告白されたらしい。
で、結局彼が選んだのは、今すぐ近くで同僚に嬉しそうに報告している後輩棋士。
僕らより2つ下の18才。
モデルやアイドル並に可愛い女の子。
でも棋力は微妙…。
「私初めてだったんだけど、すっごく優しくしてくれて、ああ…私愛されてるって実感しちゃった」
またしても歓声を上げる横で、僕と奈瀬さんは同時に吹き出した。
「あー面白いこと聞いちゃった。後で進藤の奴いじってやろ」
彼女達よりも先に、僕らは温泉を後にした―――
地方の温泉で開かれたこの囲碁セミナーは、日本棋院から若手棋士が多数手伝いに出ていた。
一日目の締め括りは懇親会という名の夕食会。
僕は同室の奈瀬さんとその会場に向かった。
「あーら、いたいた色男」
既に会場入りして和谷君達と話していた進藤の頭を、奈瀬さんが肘で小突いた。
「ってー、何だよ!奈瀬」
「聞いたわよ〜」
「は?」
「昨日、彼女とエッチなことしたんですって?」
「なっ…!」
進藤の顔が一気に真っ赤になった。
「彼女、喋りまくってるわよ。口の軽い子には気をつけた方がいいんじゃない?」
「マジ?最悪…」
溜め息をついた彼が、横に座った僕の顔をチラッと見た。
クスッと笑ってやる。
二十歳になった僕らは、いいライバルとして関係が落ち着いた。
彼女みたいにペラペラ話したことはないから、僕らは周りからずっとただのライバル同士だと認知されてるだろう。
だけど、思春期の男女二人がいつも一緒にいて、間違いが起きないわけがなかった。
お互いが満足するまで馬鹿みたいに研究したセックス。
朝から晩まで布団の中にいたこともあったね。
本もDVDもネットも駆使してとことん追究した。
あの日までは―――
「…後で打とうぜ」
「いいよ」
夕食会の後、僕らはセミナー会場の端っこで、碁盤を挟んで向き合った。
ニギりながら、尋ねる。
「彼女とは上手くいってるみたいだね」
「どうだろ…。取りあえず付き合ってみたけど…なんか違う気がする」
「彼女とのエッチ、どうだった?彼女は優しかったとか喜んでたみたいだけど?」
「だって初めてだって言うからさ〜…」
「物足りなかった?」
「ああ。久々にエッチしたけど、こんなにつまらないものだとは思わなかった」
「酷い言い草。回数重ねると彼女も慣れてくるよ。それまでの我慢だ」
「…そうだな」
僕らの関係が終わって、初めての彼女。
温かい目で見守ってあげるつもり。
やっと彼が普通の男になろうとしてるんだから。
「…オマエは?誰かと付き合わねーの?いっぱい告られてるって聞いたけど…」
「一人でいい。今は碁に集中したい」
「もうすぐリーグ戦始まるもんな…」
「ああ」
話しながら、気軽に打つ。
こういう碁も好き。
進藤とだから打てる碁。
壊したくない。
このまま一生…こういう関係が続いてほしい――
「今も…さ、たまに思い返すんだ」
「何を?」
「『あの日』のこと…」
「………」
あの日―――僕らの関係が終わった。
母に無理矢理連れていかれた病院で、妊娠が告げられた日。
産むか下ろすか、僕らは一晩中考えた。
結果は後者。
と同時に、僕らは我に帰ったように関係を絶とうと決めた。
もう充分研究しつくしたし、もう犠牲を出したくなかったから……
「あの時のオレも今のオレはたいして変わってない。なら……産んでもらえばよかったって…後悔してる」
「あの時の僕らに育てられたと思う?」
「産まれるまでに半年時間があるわけじゃん?それだけあれば準備が出来た…かも」
「キミがそう思うのなら…そうなのかもね。もう終わったことだけど」
「そうだな…」
淋しそうな目で頷いてきた。
どうして……
「どうして今頃…そんな怯むことを言うんだ。そんなにも、彼女とのセックスが微妙だったの?」
「よかったよ。でも……何か違うって思った。体が物足りないんじゃなくて、気持ちが…心が物足りないんだ。全然満たされなかった。オマエを抱いてた時とは大違い」
パイプ椅子から立ち上がった進藤が、僕の肩に手をかけて――乗り出してきた。
一瞬だけ触れた唇。
拒むことが出来なかったし、拒みたくなかった。
「…いいじゃないか…ライバルで。すごく楽だし…居心地いいよ」
「オレもそう思ってた。でも……駄目なんだ。他の奴と付き合ってみてよく分かった」
「進藤…」
「ただのライバルなんてやっぱり嫌だ。もう一度…ううん、今度はちゃんとオマエと付き合いたい」
溢れてくる涙が止まらなかった。
嬉しかった。
「…二股は嫌だから…な」
「分かってる。アイツには明日セミナーが終わったら謝りにいく」
「うん…」
翌日午後――進藤は後輩の彼女に別れを告げた。
派手に泣く彼女を取り巻きの同僚達が慰めて、進藤はしばらくの間年下の女流達から総スカンをくらうはめになった。
晴れて恋人同士になった僕らはというと――
「…あんっ…ぁあ…っ、ん―」
「は…塔…や」
二年前に戻ったかのように、毎晩気が済むまで抱き合っていた。
「やべ…すっげー充実感」
「ん…僕も…」
「今度出来たら産んでくれよな?」
「そうだね…いいよ」
「へへ…塔矢、好きだ。一生一緒にいような」
更に乗り越えた先に待っていたのは――恋人という関係
―END―
以上、何事にも研究熱心な二人でした〜(笑)
研究しながらお互いの愛も育んでたってことなのかな?
離れてただのライバルで満足するはずがありません!ってことで…
(何が書きたかったのかよく分からん…)