●EXAM●





「え?海王小?」

「うん」



アキラが海王小学校のお受験をオレに提案してきたのは、オレが2度目の本因坊の防衛に成功したすぐ後だった。

もう年長の佐為。

今までアキラも何も言わなかったから、オレはてっきりこのまま公立の小学校に行かすものだと思ってたんだけど……



「何で急に?」

「いや、母が…」

「明子さん?」


今日、塔矢門下の研究会の為に実家に帰っていたアキラ。

そこで明子さんに言われたのだという。


『来週海王小学校の学校説明会があるそうよ』と。

おまけに『もう申込はしておきましたから』と。



「明子さん…相変わらず抜け目ないな」

「どうする?受験してみる?」

「でも今から準備して間に合うか?お受験って秋だろ?もう7月だぜ?」

「いや、それが母が言うにはもう佐為の準備はバッチリらしい…」

「はぁ?」


オレとアキラは共にタイトルホルダーで家を留守にすることが多い。

普段も幼稚園の送り迎えは明子さんにお願いしてるし、春休みや夏休みの長期休暇の時なんて日中ほぼ塔矢家で過ごしている佐為。

てっきり大好きな碁をずっと打ってるものかと思っていたんだけど……どうやら明子さんは合間合間で佐為に受験用の勉強もさせていたらしい。


「既に面接の練習もしてるらしい…よ?」

「げ!面接?!そうじゃん、お受験って親も一緒に面接受けるんじゃん!オレ絶対無理〜〜」

「僕も自信ないけど、一緒に頑張ろう」

「ええー…マジかよー…」


でも普段お世話になってる分、明子さんの希望を無下にすることも出来ない。

オレらはとりあえず翌週の学校説明会に参加することにした。


海王小学生の募集人数は100名。

倍率は毎年3倍くらいらしい。

て、3倍?!

3人に1人しか受からないのか?!

んなの無理じゃねぇ?!



もちろん学校説明会もスーツ必須。

周りは真面目そうな30オーバーの親達ばかりで、オレはちょっと場違い感を感じずにはいられなかった。

でも横を見ると、アキラも佐為この学校に妙にフィットしていた……

(オレと違って真面目を絵に書いたような二人だからな……)







「佐為、初めての小学校はどうだった?ここに入りたいか?」

帰り道、まだ5歳の息子に聞いてみた。

「うん、入りたい」

「へぇ…どこが気に入った?」

「家から近いところ」

「う、うん…?」

まぁ確かに2駅しか離れてないからな。

10分ちょっとで着くのは便利だよな。


「あと、中学受験も高校受験もないところ」

「え?」

確かに説明会で、海王小から海王中へはほぼ持ち上がりになるとは言っていた。

でもって中高は一貫教育だ。

つまり一度入ってしまえばかなり楽な学校と言える。

――て、5歳のコイツが気に入った部分がソコ??


「海王だと碁に集中出来るね、お父さん」

にこっと佐為が笑う。

5歳にして既にプロになる決意をしているオレの息子。

学校を選ぶ基準まで既に『碁』が中心らしかった。

末恐ろしい……





10月、アキラが予定通り海王小に願書を出し、11月にとうとう受験の日がやってきた。

実はオレは天元戦で前日まで北海道にいた。

当日朝イチの便で慌てて帰って来た為、午前中佐為がテストを受けてる間、オレは疲れて控え室ではほぼ寝ていた。


午後からの面接の時はさすがに緊張しまくりで目はバッチリ覚めたけど。

どんな質問が来るのかドキドキしてたわけだけど、面接官の第一声が

「第二局も勝たれたみたいでおめでとうございます」

と昨日の対局の話から入って、一気に場が和んだ。


「海王中は囲碁部に力を入れてますが、小学校でも囲碁の授業を取り入れてるんですよ」

「そうなんですか?」

「はい、生徒は週に一回、将棋か囲碁かチェスか、年度の始めに自分が選んだ授業を一年間受けることになっています」

指導にプロが来ることもあるらしい。

ちなみに先週来た先生は伊角さんだったらしい。(マジか!)


その後は志望動機とか家庭の教育方針とか、予め予測していた質問が来て、オレはまぁ何とか乗り切った。

そして最後の質問、

「お子さんにご両親と同じ職業に就かせたいですか?」

と聞かれて、オレはアキラと顔を見合わせた。


「…本当はどっちでもいいと私達は考えています。本人が情熱を持って楽しめるような仕事に就いてくれればと願っています」


これが本当のオレらの本心だ。

それが結果的に棋士なら、オレらはもちろん応援するつもりだ。

まぁ佐為本人は元々棋士以外、考えたこともないんだろうけどな。



ちなみに佐為への質問には、まぁペラペラ回答していて驚いた。

(明子さんの特訓の成果か?)

最後の質問はオレの時とほぼ同じ。


「大きくなったら何になりたいですか?」

「囲碁のプロ棋士です」

「どうしてですか?」

「タイトル戦でお父さんとお母さんと戦いたいからです」


これにはオレもアキラもちょっとビックリした。

そして早くそんな日が来るといいなぁと思ったのだった。










一週間後、家に合格通知が届いた。

もちろんオレもアキラも大喜びだ。


「ん?何だこれ?」


合格通知とは別に、もう一枚紙が入っていた。

ペーパーテストのコピーだと思われるけど、これって……


「詰碁?」


途端に佐為が飛んでくる。

「時間があまった人は好きにお絵かきして下さいって書いてあったんだ」

そこで佐為は詰碁の問題を書いたらしい。

でもって先生の誰かが解いて、合格通知に同封してくれたらしかった。


「てかオマエ……詰碁の問題なんて作れたの?」

しかもオレでも一瞬考えちまうくらいな結構な難問を。

「?当たり前だよ」

「へ、へぇ…」


やっぱり末恐ろしい5歳児だとオレもアキラも思ったのだった……



まぁとにもかくにも、4月から佐為は海王小学校の一年生になることになったのだった――








―END―








以上、佐為のお受験話でした〜。
一応海王に行くことも見越して、海王から2駅のところに家を建ててたヒカアキです。

佐為に字や勉強を教えているのは専ら明子さん。
アキラは中学校から海王でしたが、孫は小学校から入れようと目論んだ明子さんは実は一年前から準備を始めます。
佐為は真面目で賢い子なので、教え甲斐があったでしょうね。
明子さんから
「海王小に入ったら、受験がないから囲碁に専念できるわよ」
と洗脳されて、やる気になる佐為君なのでした〜(笑)
既に詰碁は作る側らしいよ☆