●DOUGHTER 5●
「あれ〜?進藤先生なんでいるんですか〜?」
「…白々しい。有栖が進藤に話したんだろう?」
「えへへ。やっぱバレてた?」
塔矢に怒られてる有栖ちゃんに、オレの方は改めてお礼を言った。
今年の年末年始、塔矢が旦那のところに行くって教えてくれたことを。
知ってた?
オレ同じ飛行機に乗ってたんだぜ?
もちろんホテルも同じ。
この滞在中に、一晩でいいからオレの部屋で過ごしてくれないかな…なんて期待してたりする。
(いや、絶対に引っ張り込むつもりだけど)
「明日…もう一度あの人に会ってくるよ。さっきのは一方的過ぎたから…今度はちゃんと承諾してもらってくる」
「オレも付いて行こうか?」
「大丈夫。もう決心がついたから。ありがとう」
塔矢が鞄から一枚の紙を取り出した。
このたった一枚の紙切れが塔矢を自由にする。
彼女と旦那の唯一の繋がりを切ってくれる。
これを持ってきてるってことは、元々多少はそのつもりがあったんだろう。
「…ごめんね、有栖。お父さんともう会えなくなるかもしれない…」
「今までだって全然会ってなかったんだから平気。それに私、お父さんに育てて貰った覚えないもん。私を育ててくれたのはお母さんと、おじいちゃんとおばあちゃんだよ。気にしないで」
「有栖…」
「それに、新しいお父さん、出来るんでしょう?」
有栖ちゃんがオレにウインクした。
「それはまだ…分からないけど」
「え〜〜なんで??進藤先生のどこが不満なの?お母さんが結婚しないんだったら、私が貰っちゃうからね!」
「もうその手には乗らないよ。だいたい有栖には京極君がいるだろう?」
「京極なんてどうでもいいもん。フン」
有栖ちゃんの相変わらず冷たい京極への態度に、オレも塔矢もつい笑ってしまった。
でも二人が真剣に交際を始めたというのは、もう囲碁界中の人が知っている周知の事実だ。
京極はオレのタイトルを奪取次第、有栖ちゃんにプロポーズもするつもりなんだろう。
その証拠に、今期の本因坊のリーグ戦…京極は今のところ全勝でめちゃくちゃ張り切っている。
でも、生憎本因坊だけは譲る気はない。
オレが棋士を引退するその日まで、ずっと保持してやるつもりだ―――
「じゃ…ケジメをつけてくる」
「ああ」
翌日――塔矢は再び旦那に会いにホテルを出た。
玄関まで見送った後、彼女が戻ってくるまでロビーで待とうと思っていたら、有栖ちゃんがやってきた。
「先生、お母さんが帰ってくるまでジッとココで待つつもりなんですか?」
「うん」
「お母さんが心配だから?」
「うん」
「う・そ。私知ってるんですよ〜?先生が外国に来るといつもホテルに篭ること」
「……」
「でもお母さんが一緒の時は結構出歩いてるって聞きましたよ〜?本当は先生だって観光したいんでしょ?今日は私が付いてますから♪通訳してあげますって♪」
「……はぁ。何だか有栖ちゃんには全部バレバレって感じだな」
「あはは、先生英語のテストで0点取ったことあるってホントですか〜?」
「う…」
結局塔矢が帰ってくるまで、有栖ちゃんの観光とショッピングに付き合うことになった。
もし若い時に塔矢とデートしてたら…こんな感じだったのかな、と思った。
塔矢とデートなんかしたことがない…。
「お母さんとは、これからいっぱいすればいいじゃないですか」
「え?」
顔に出てたみたいで、有栖ちゃんに笑われてしまった。
「私も……京極と、最近ちゃんとデートし始めたんですよ」
「ふーん」
「この前のクリスマスもね、朝からディズニーランドに一緒に行ってて…」
「目隠し碁で何局打った?」
「えへへ、軽く10局超え。だって待ち時間ヒマなんだもん」
「はは」
有栖ちゃんが嬉しそうに左薬指の指輪をなぞった。
どうやらクリスマスに京極から貰った指輪らしい。
オレも…塔矢にあげたいな。
オレのものだっていう証を常に付けておいてほしい。
「あ!お母さん!」
再びホテルに戻ってくると、ちょうど塔矢がタクシーから降りてくるところだった。
すぐに駆け寄って、ドキドキしながら
「どうだった…?」
と尋ねる。
黙って例の用紙を見せてくれた。
夫の欄も、妻の欄も、全て埋まった完成した離婚届を――
「…日本に戻ったら、すぐに出してくる…」
「そっか…、じゃあついでに婚姻届も出さねぇ?」
「無理に決まってるだろう?女は半年経たないと再婚出来ない決まりなんだから…」
「あ、そうだっけ?じゃあ…半年経ったら出してもいい?」
「………」
塔矢が困った顔をしてオレを見てきた。
そんなに急かすなって?
無理、急かす。
だってオレはずっとずっとこの時を待ってたんだからな!
オマエが旦那と別れてくれるこの時を、20年も――
「半年もしたら…キミも僕も40歳だってこと、ちゃんと分かってる?」
「だから?」
「キミは…子供も欲しいんだろう?なら…もっと若い奥さんを貰った方がいい。僕は産んであげれないかもしれない…」
「そんなこと…。オレはオマエと結婚出来るだけでいい。死ぬまでオマエの横で碁が打てたらそれでいい。オマエだって同じだろう?」
「……」
「それに、オレらには有栖ちゃんがいるじゃん。十分だよ」
「……うん」
深呼吸をしたオレは、彼女の目を見て――改めてちゃんとプロポーズした。
「結婚しよう…塔矢。絶対に幸せにする」
「………はい」
塔矢が真っ赤になって頷いてくれた後、「きゃーーvvv」と有栖ちゃんがオレら二人に抱き着いてきた。
やったぁやったぁ!とぴょんぴょんジャンプしまくっていた――
「じゃ、この部屋は今日から私が独占するからね♪」
その晩――自らの部屋を娘に追い出されたらしい塔矢が、しぶしぶオレの部屋のチャイムを鳴らした。
ドアを開けたら彼女が立っていたことに、オレは驚いて心臓が止まるかと思った。
改めて二人きりになると…めちゃくちゃ緊張するんですけど。
その緊張が伝わったみたいで、塔矢がクスッと笑ってきた。
「昔のキミの方が余裕あったよね…」
「そ、そうかぁ?」
「うん…。覚えてる?あの時のこと…」
オレらが初めてセックスした時のこと。
オレも塔矢もまだ16歳で、お互い初めてだった。
「忘れるわけない…」
「うん、僕も…。でも感情まかせ…若さまかせのエッチだったけど、それなりに上手く出来たよね…」
「オレの人生で…一番よかったエッチだったよ」
「一番?決めちゃっていいの…?」
ベッドに腰掛けてるオレのすぐ横に、密着して塔矢も座ってきた。
年甲斐もなく気持ちを抑えきれなくなったオレは、彼女を力任せにベッドに押し倒した。
「進藤…」
「塔矢…好きだ、好きだ…塔矢っ」
「うん……僕も、好き…」
チュッと軽く彼女の方からキスしてくれたのをスイッチに、この晩オレらはとてつもなく熱い一夜を過ごすことになった。
お互いが満足するまで何度も何度も達しあって、愛を肌で感じあった。
「もう絶対離さねぇ…」
「うん…離さないで…」
―――半年後
オレと塔矢は約束通りめでたくゴールインした。
おめでたいことは続くもので、塔矢の妊娠も発覚。
おまけに有栖ちゃんの妊娠も発覚したのだった。
「京極のバカァぁぁっ!!!大っ嫌い!!」
「だからごめんって…」
「責任取ってよね!!」
「もちろん。結婚しよう」
「……うん」
おかげでオレは京極に「娘さんを下さい」と言われてしまった。
何か変な感じだ。
ちなみに、今期の名人戦の挑戦者はオレになった。
初の夫婦対決。
夫婦になったからって、絶対に負けられない相手には変わりない。
こんな真剣勝負を、一生塔矢と一緒に打ち続けたいと思う。
でもって、一生変わらない温かい家庭を…塔矢と築いていきたいと思う。
―END―
以上、アンソロ没ネタでした〜。
最初考えてたのと全く違う話になってしまいました(^ ^;)
もうちょっと有栖ちゃんとヒカルを恋愛さすつもりだったんだけどなー。(最低でもデートとか…)
でも京極君、結構お気に入りです。
ヒカアキみたいに二人はいいコンビだと思います。
有栖ちゃんの最後の妊娠は、きっとヒカルに一向に勝てない京極君が我慢できずに強行手段に出たんだろうなぁ…なんて(笑)
めちゃくちゃな話でしたが、少しでも楽しんでもらえたのなら嬉しいです♪