●DISCIPLE おまけ●
俺が初めて彩ちゃんへの気持ちを自覚したのは、高3の7月だ――
「あ〜〜この前の模試の結果悪すぎ。ヘコむー…」
「何が一番悪かった?」
「英語。特にリスニング。早川は?」
「俺は国語かな。特に古文」
その日の昼休み。
俺がいつものメンバー、毛利と早川と一緒に昼ご飯を食べていると、先日行われた全国模試の結果が悪かったらしい二人がヘコみ出した。
悪いと言っても、二人が受けたのは難関国立大用模試で、レベルが滅茶苦茶高いテストだ。
今の俺が受けたらきっと赤点もいいとこだと思う。
毛利が弁当を食べながら黙々と詰碁集を読んでる俺の方を見てくる。
「なぁ京田〜、オマエ本当に大学行かないわけ?」
「行かないよ」
「俺より成績良かったくせに」
「いつの話だよそれ…」
俺は高校を卒業したら棋士一本でいく。
それは高校1年の秋、プロ試験に受かった時から決めていたことだ。
「京田の親、何も言わねぇの?」
「うん。もう諦めてるんじゃないかな」
「ふーん…」
プロになってから、いや、プロになるずっと前から、学校の勉強より碁の勉強を優先してきた俺。
学校はもう留年せずに無事卒業さえ出来たら構わないという扱いだ。
両親は別に何も言わない。
棋士としての俺を特別応援してくれてる訳でもないけど、反対もして来ない。
ある意味楽だ。
「じゃあ受験はないし、あんな可愛い彼女はいるし、羨ましい限りだよな」
「え?何それ?彼女って?」
毛利の発言に、早川が食い付く。
「この前の土曜に神保町の本屋で京田と偶然会ったんだけどさ、コイツ彼女連れてたんだよ。しかも滅茶苦茶可愛い子を」
「マジで?!」
「いや、だから彼女じゃないって…」
先週の土曜日、俺は彩ちゃんにお願いされて、参考書を買いに行くのに付き合っていた。
期末テストの点数が悪すぎて、塔矢名人に叱られたらしいのだ。
その時偶然クラスメートのこの毛利に出くわしてしまったのだった。
「何度も言っただろ?あの子は師匠の娘さんなんだって…」
「でも手、繋いでたじゃん。俺しっかり見たからな」
「いや、あれは繋いでたっていうか……混んでたからはぐれないように手を掴んでただけで」
「同じだって。師匠の娘だか何だか知らないけど、京田はあの子のこと好きなんだろ?」
「………」
実際…どうなんだろう。
彩ちゃんに告白されたのは、もう1年半も前だ。
告白されて以来、確かに意識はしている。
3年後、彩ちゃんが16歳になって、もしまだ俺のことを好きで再び告白してくれるなら……今度は付き合おうと思ってるけど。
「あれ?京田何か悩んでる?」
「う…ん、実はよく分からなくて…」
「好きなのかどうか?そんなの簡単だって」
「え…?」
「想像してみたらいいんだよ。その子が他の男と仲良くしてるところを」
――え?
「その子、名前なんだっけ?」
「彩ちゃん…」
「じゃあその彩ちゃんが他の男と一緒にいるとこ想像してみろよ。何か感じるだろ?」
「……」
何だか毛利に遊ばれてるような気がしないでもないけど。
俺は真面目に想像してみた。
彩ちゃんが他の男と一緒にいるところを……
そしてその男と手を繋いだり……キスしてるところを……
「……」
「どう?我慢出来る?」
「……出来るわけないだろ」
今まで感じたことのない感情が湧き上がってきたのが分かった。
この感情の名前はきっと『嫉妬』だ。
彩ちゃんを他の奴に取られたくない、渡したくないと、ハッキリと分かった気がした。
彩ちゃんのことを好きだということも、ハッキリと自覚した瞬間だった――
「京田ってまさか今頃初恋?」
「……んなわけないだろ」
と否定しながらも、あながちそうかもしれないと思った。
中学に入って以降はずっと囲碁しか頭になかったから、確実に好きな人はいなかったし。
小学生の時だって後半は中学受験のことしか頭になかった。
それ以前は幼すぎて、恋愛より友達と遊んだりゲームしたりする方がもちろん楽しかったし。
今頃初恋とか恥ずかし過ぎるだろ……
ピンポーン
「京田さん、いらっしゃ〜い」
「お邪魔します…」
その日の夕方、俺は研究会の為進藤家を訪れた。
出迎えてくれた彩ちゃんも帰って来たばかりなのか、まだ制服姿だった。
いつの間にか夏服に変わっている。
(可愛いなぁ……)
「京田さん?上がらないの?」
「え?あ、そうだな…」
玄関に突っ立ったままの俺を、彩ちゃんが首を傾げてくる。
まさか彩ちゃんの制服姿に見とれてたなんて、口が避けても言えない。
(いや、そりゃ言ったら彩ちゃんはめちゃくちゃ喜びそうだけど…)
――でも
自覚してしまうと今の状況はかなりキツイことに気が付く。
両想いだと分かりきってる女の子と、あと3年も付き合えないのだ。
辛すぎるよな……
「あ、京田さん。この前は参考書買うのに付き合ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「お礼に今度ご馳走させて?行ってみたいパンケーキのお店があるの」
ダイニングにいた進藤君に、
「彩が食べたいだけだろ」
と突っ込まれる。
「そんなことないもん。お礼だもん」
「京田さんをあんまり振り回すなよ」
「振り回してないもん。ね、京田さん?」
「うん。俺は全然構わないよ」
「京田さん優しいvv大好きvv」
と彩ちゃんが俺の腕に手を絡めてきた。
和室の方から殺気を感じたので、視線をそっちに向けると――進藤先生がめちゃくちゃこっちを睨んでいた。
慌てて彩ちゃんから離れて手を振りほどく。
そうだった。
俺、あと3年がどうとか言う前に、そもそも進藤先生に勝たないと彩ちゃんとは交際出来ないんだった。
入段して1年ちょっと経つけど、まだまだ進藤先生は雲の上の人だ。
とりあえず余所見しないで真っ直ぐ上を見続けないと手の届く存在ではないだろう。
俺の次の対局は明日、王座戦の予選B。
無事勝てるよう、今日もその先生と進藤君と一緒に最善の一手の研究をしたいと思う。
3年後、理想が現実になってることを夢見て――
―END―
以上、京田さんが彩を好きだと自覚した日のお話でした〜。
京田さんが高3ということは、彩は中1です。佐為は中3。
手繋ぎ本屋デートの真相はもちろん彩が
「京田さん、はぐれたら困るから手…繋いでくれる?」
と上目遣いでキラキラと京田さんにお願いしたことで実現しました。
この頃から彩のお願いに弱い京田さんですw
もちろんパンケーキのお店にも後日ちゃんと二人で行きましたよ♪
彩と京田さんは、付き合う前からこうやって何かと理由を付けて二人でたくさん出掛けてたりしますw
(彩が奢ると言っておきながら、やっぱり申し訳なくて毎回京田さんが支払いはしています〜)
たまにコラボカフェとかにも連れて行かれてちょっと戸惑う京田さんですw
というか、京田さんまでまさかの初恋パターンになってしまいました。
彩ももちろん京田さんが初恋ですよvv