●CONVERSE LOVE●
〜アキラ視点〜
「おめでとうございます。12週目に入ってますよ」
「………え?」
――12月上旬
ただの風邪かと思って訪れた病院で、僕は思いもしなかった妊娠を告げられた。
妊娠…?
この僕が…?
『どうしよう』
家に帰る間も、帰った後も、食事中も、入浴中も、布団に入ってからも…ずっとその5文字が頭の中でぐるぐるしていた。
どうしよう。
本当にどうしよう。
しかも12週…って。
どうして今まで気付かなかったんだろう。
どうしてこんなことに…。
誰との子供かは…分かってる。
分かってるも何も、僕は彼としかしたことがないから。
しかも一回…だけ。
――そう
あの日――進藤の誕生日の前日に…僕らは一度だけ体を合わせた――
『オレ…冗談のつもりだったんだけど?本当にいいわけ…?』
『十代のうちに童貞を捨てておきたいんだろ?早くしないと20日になってしまうよ?』
ちらっとベッド横の時計を見ると23時30分だった。
あと30分で二十歳になってしまう。
『…オマエはいいわけ?こんな形で貞操なくして…』
『いいよ。僕はキミみたいにそういうことにいちいちこだわらないから』
『ふーん…じゃあ遠慮なく…』
愛だとか恋だとか好きとか、そういうことに無縁な状況で……僕らはその行為をした。
今思えば避妊はしてなかった…気がする。
付けてくれなかったし…中で出された時もあったような……
でも、初めてだったけどすごく気持ちよくて……
というか彼の肌の体温や重みが心地よくて……
3ヶ月前のその時の状況を思い出して段々と顔が火照ってくるのが分かった。
彼に恋愛感情はないけど、あの夜はちょっと素敵な一夜だったなぁ…なんて今更ながらに思ってしまう。
子供さえ出来なかったら、僕の中で『いい思い出』として終わっていた気がする。
「はぁ…」
……どうしよう……
「塔矢〜おはよー」
「………おはよう」
――翌朝
いつものように棋院に向かっていると、駅を出た所で進藤に声をかけられた。
「オマエ寝不足?顔死んでるぜ?」
「誰のせいだと思って…」
「は?」
「……」
どうやって話を切り出せばいいんだろう…。
出来ちゃったんだけど…って直球で?
そしたらどんな反応するのかな…?
じゃあ結婚しよっかっていう話にはまずならないよね…?
冗談だろ?って言われたり……おろすんだろ?って言われる確率の方が高いかも…。
…だって僕らは…恋人同士じゃない…
「…そういやもうすぐオマエの誕生日だな」
「え?ああ…そういえば」
「何かやるよ。オレの時も…いいもの貰ったし?」
少し頬を赤めて僕から視線をそらしてきた。
その姿を可愛いと思ってしまった僕は……自然とお腹に手が伸びる。
この子は進藤似なんだろうか…。
顔も容姿も…もしかしたら棋力も…――
そういう現実的なことを考えるとちょっと産みたくなるな。
彼の遺伝子を持った子供をおろしてしまうのは少し惜しい気がする…。
「塔矢?大丈夫か?腹痛い?」
「いや…」
ぱっと手を元の位置に戻した。
「キミは……」
「ん?」
「か…彼女とか作らない…のか?」
「彼女?んー…今はいいや。面倒臭いし」
「面倒…?」
「うん。なんか付き合ってもすぐに別れそうな気もするしなー」
「………ふぅん」
「好きでもない奴と無理して付き合うぐらいなら、独り身の方がよっぽど楽だし」
「……そう」
彼女を作らないということに心なしか安心しつつも、何となく僕にも興味がないみたいに聞こえて…少しガックリした自分がいた。
面倒だから…僕としたのかな。
僕とだったら…一夜のみって割り切れるから…?
もちろん僕だって割り切ってたよ?
昨日……妊娠が判るまでは―――
「…オマエは?」
「え…?」
「塔矢はさ、彼氏、作らねぇの?」
「………」
「ま、オマエの場合碁が恋人みたいなものか」
ハハッと笑って進藤は先に棋院に走って行ってしまった。
…そうだね。
僕にとっては囲碁が恋人のようなものかな…。
一年中…何をしててもずっと碁のことを考えてるし…。
「……はぁ」
再び溜め息を吐いて、僕も棋院へと急いだ――
********************
〜ヒカル視点〜
――今年の誕生日
オレは塔矢を騙した――
『塔矢〜オレこのままじゃヤバイかも〜』
『何が?』
『オレさ、明日ハタチになっちまうんだよ』
『ふーん…おめでとう』
『全然めでたくねーよ。童貞のまま十代を終えるなんて最悪じゃんっ』
『いいじゃないか別に』
『よくねーよっ!絶対10代のうちに捨てるつもりだったのに――って、うわっ!やべぇ!あと一時間しかねぇっ!』
『………』
『どうしよ塔矢っ!』
『どうしよって………じゃあ僕が相手になろうか…?』
本当は童貞なんてとっくに捨ててた。
塔矢には上手いこと隠してたけど、今まで数えきれねーぐらいの女と付き合ったもん。
その証拠に、オレ、上手かっただろ?
オマエに負担をかけさせないよう、他でいーっぱい練習したからな。
…なーんて、こんな状況にでも持ち込まないと好きな女も抱けない自分が情けない。
だって仕方ないじゃん。
アイツ…オレのことライバル以上にも以下にも思ってないんだもん。
正攻法でいったら絶対にフラれる。
だから…アイツの優しさに付け込んだんだ――
「塔矢。昨日の名人戦最終局さ、今からオマエんとこの碁会所で検討しねぇ?」
「………」
手合いの帰り、ロビーで塔矢を見つけたので誘ってみた。
すると何の返答もなく、ただオレの顔をじっと見つめてくる。
「塔矢?聞いてる?」
「………ああ」
「どうかしたか?オマエ今朝から変だぜ?」
「………」
唇を噛み締めて下を向いてしまった。
またお腹に手をあててるし…。
「腹の調子でも悪いのか?トイレ行けば?」
「………気持ち悪い…」
「は?…え?お、おいっ!塔矢っ?!」
今度は口にも手をあてて、気分悪そうにトイレに駆け込んでしまった。
追いかけて、取りあえずドアの前で出てくるのを待ってみる。
「塔矢〜?マジで大丈夫か〜?」
「………」
ドア越しに話しかけても返答なし。
ただ水道の流れる音だけが聞こえるから……もしかして吐いてる?
「塔矢〜オマエ悪阻かぁ?」
冗談半分、期待半分で悪戯っぽく言うと、女子トイレのドアが開いて――塔矢がオレを睨みながら出てきた。
「…話が……ある」
「え?」
「場所を変えよう」
「あ…ああ」
移動中もずっとお腹に手をあててる塔矢。
話ってなんだろ…。
まさか…本当に妊娠したとか?
あの時の子供?
…でもあれからもう三ヶ月近く経ってるしなぁ…。
いくらなんでも今まで気付かなかったなんてこと…ないだろ?
そう思いながらもあの晩の時のことを思い出して……ちょっと恥ずかしくなった。
塔矢を抱けるってことで、一人無茶苦茶テンパってたし。
ホントあの晩は童貞に戻ったような気がした。
無我夢中でアイツの体を貪って……アレさえ付ける余裕がなかった。
ま、半分はわざとだけど。
――妊娠すればいいのに――
本気でそう思った。
そしたら…塔矢がオレのものになるかもしれないのに――
「な〜、どこまで行くんだ?もしかしてオマエん家?」
「そうだね…」
「先生達…いんの?」
「いや…上海だから」
「…ふーん」
片言の塔矢と向かった先は、今コイツが一人暮しをしている塔矢家。
誰もいないのに
『ただいま』
と声をかけ、丁寧に靴を揃えて彼女は中に入っていった。
それに続いたオレに、いつもの来客マニュアル通りにお茶を出してくれる。
「――で?話って…?」
「………」
またお腹に手をあてて…下を向いてしまった。
「…子供でも出来たのか?」
ストレートに聞いてみると、図星のように一瞬塔矢の肩がピクッと動いた。
オレの顔色を伺うように不安げに顔をあげてくる。
「…どうしよう…?」
「どうしようって……マジで?」
塔矢がコクンと頷いた。
「オレの子供…?」
また頷いた。
うわぁ…やべー。
オレの方こそどうしよう。
ホントに?
一発で当たり?
マジ嬉しいかも!
顔がニヤけるのを必死で抑えつつ、顔色の悪い塔矢の側に移動した。
「…どうしよう…どうしよう…」
小声で半泣きになりながら繰り返す彼女の肩に…そっと手を回す。
「…どうしようもなにも、産むか下ろすかの二択しかねーだろ?」
「まだ19なのに…」
「もうすぐ二十歳じゃん」
「結婚もしてない…」
「今すぐすればいいだろ?」
「してくれるの…?」
「オマエが産んでくれるならな」
「………」
塔矢の顔が少し赤みを取り戻したかと思うと――今度はどんどん真っ赤になって――
「僕……産んでもいいよ?」
「じゃ、オレも結婚してもいい」
「………」
「………」
意外にあっさり決着がついて、オレも塔矢も安心したせいか、少し笑ってしまった。
彼女の頬に軽くキスをして……肩の手を腰に移動させ――ぎゅっと抱きしめた――
「…ごめんな、塔矢…」
「え…?」
「不安にさせたよな…」
「………」
「オレさ…わざと付けなかったんだ」
「……え?」
「オマエが本気で欲しかったから…避妊しなかった」
「………」
「好きだったんだ…ずっと」
「進藤…」
「ごめんな…?」
「謝って済むことか。責任とってくれ」
「ん、喜んで――」
すっかりいつもの様子に戻った彼女を更にきつく抱きしめて――今度は口にキスをした――
********************
〜アキラ視点〜
「あ。雪だ」
「マジ?」
12月14日――僕の誕生日。
今年はほんの数日前までは考えられなかった人物が僕の隣にいる。
しかも一緒に住んでる。
――そう
僕らは結婚したんだ――
「寒くねぇ?」
と言って肩を優しく抱き寄せてくれる進藤は…何だか今までの進藤とは別人のよう。
でもほんのり胸が熱くなって…彼が隣にいるだけですごく安心する。
ドキドキする。
…もしかしたらこれが恋なのかな…?
結婚してから恋するなんて馬鹿な話だけど――
「あ、塔矢。誕生日プレゼントなんだけどさ、結婚でバタバタして結局何も買ってないんだ。何かリクエストあるか?一日遅れになるけど明日にでも買ってくる」
「いいよそんなの。それより……」
「それより?」
「……名前で呼んで」
「え?『アキラ』?」
一気に顔からボッと火が出た気がした。
恥ずかしさに回されていた手を解いて、彼から50センチほど離れてみる。
「何だよ、オマエが呼べって言うから呼んだのにー」
「だって…」
懲りずに再び僕に近づいてきて――今度は後ろから抱きしめられた。
「アキラ…」
「な、なに?」
「好きだよ…」
「………」
「子供が生まれたらさ…オレもっとオマエにベタベタするかも…」
「今もベタベタ引っ付いてるじゃないか…」
「寝かせねぇからっていう意味〜」
「……また作る気か?」
「平気平気。今度は避妊するし♪」
「キミって順番めちゃくちゃ…」
呆れ気味に笑った僕の口に…そっとキスをしてきた。
また胸がドキドキする。
愛されてるって何だか心地いい。
夫に恋出来るのって何だか素敵。
――僕たちの恋愛はまだ始まったばかり――
―END―
この話は以前ちぇりぃさんの所のジョイント本『クリスマスの約束』用に書いたお話です。
オンには載せれないけど、結構気に入ってた話なので、今回ペーパーに載せちゃいました〜(^▽^)/
2007年のクリスマスなので、もう2年半も前になるんですねー。懐かしいなぁ。
というか…季節外れでごめんなさい…(痛)