●CONCEALED LOVE●
「え!和谷、結婚するんだ?」
「ああ。やっと先生からOKが出たんだ」
昼下がりの午後。
用事で棋院に行くと、エレベーターを降りたところで聞き慣れた声がしたので、僕は足を止めた。
進藤と和谷君だ。
僕らよりひとつだけ年上の和谷君。
森下九段の娘さんと付き合っているという噂は聞いていたけれど。
ついに結婚までするらしい…。
「おめでと、よかったな」
「ありがとう。結婚式、来てくれよな」
「もちろん」
「…ちなみに、進藤。お前の方はどうなってるんだよ?そういう噂全然聞かないけど」
「だってフリーだもん。彼女大募集中〜」
「募集中って、この前女流の三河さんに告られてたとか聞いたぞ?断ったのかよ?」
「オレ理想高いからさ〜」
もうずっと彼女なんかいない、大募集中!とか吐かす彼に、僕は持っていた書類でひっぱたいてやろうかと思った。
…もちろんそんなことはせず、彼らに見つからないようその場を去ったのだけど。
とぼとぼと、僕は肩を落として帰路についた。
いつになったら公にしてくれるんだろう…と。
あんな調子の彼に、いつ打ち明ければいいんだろう…と、溜め息をつきながら―――
周りにはもうずっと隠してきたけれど、実は僕はもう5年も進藤と付き合っている。
恥ずかしいから。
冷やかされたくないから。
何より、結婚を急かされたくないから……というのが隠してる理由だ。
確かに一理ある。
僕らの周りは古い考えの人達ばかりだ。
進藤と付き合ってるなんて言ったが最後、絶対にすぐに結婚まで話を持って行こうとするだろう。
付き合い始めた頃はまだ僕も10代で、それでは困ると思った。
だから僕も「隠そうぜ」という進藤の提案に同意したんだ。
でも………
「アキラ!ただいま!」
僕が帰ってから数時間後、進藤も帰ってきた。
いや、帰ってきたという表現はおかしいのかもしれない。
ここは僕の家であって、彼の家ではない。
彼がしょっちゅう遊びに来るだけだ。
お邪魔します、というが本当は正しい。
「いい匂い。今日の夕飯はカレー?暑い時はやっぱカレーだよな〜。インド人って天才」
とか何とか言いながら、勝手に僕のソファーに寝そべって、テレビを見出した。
当たり前の光景。
いつものこと。
だけど今日は少し…イラッとした。
「あ、そうそう。和谷が結婚するって」
「…そう」
知ってるよ、さっき聞いたから。
「馬鹿だよなー、まだ25だぜ?茂子ちゃんだってハタチになったばかりだってのに」
「……」
「オレは30過ぎるまで絶対に御免だぜ。アキラだってそうだろ?」
「…そうだね」
同意してみた。
確かにそういう考えもある。
若いうちに十分遊んでおけば、心残りなく家庭に入れる。
そうだね、キミがそれを望むなら…僕もそれでいいと思っていた。
だけど……今は……
まだ今までと全く代わりのないお腹に、僕はそっと手を当てた……
「アキラ?食べねーの?」
「あ…うん。お昼ご飯が遅かったから、もう少ししてからいただくよ…」
「ふーん…」
もちろん嘘だ。
食欲なんてない。
朝からずっとない、何も食べてない。
気持ち悪くて見たくもない。
「ちょっとお手洗い…」
進藤にはバレたくなくて、彼が食事とテレビに夢中になってる間に、僕はトイレでまた吐きまくった。
今日3回目。
そして何ともないフリをして、またダイニングに戻った。
「…な、今日泊まっていってもいいだろ?」
「え…?」
「なんだかんだで…結構ご無沙汰じゃん?いいだろ?」
「………」
「あ、もしかして生理中か?」
「う、ううん…」
「そ。よかった。じゃ、いいよな」
「………」
……しまった。
生理中だって嘘をつけばよかった。
嫌だ。
したくない。
どうしよう……
どうやって逃げようか考えてる僕は、きっと心の中では産みたいと思っているのだろう。
大事な命を守ろうとしているのだろう。
話したい。
二人のこれからのことをちゃんと相談したい。
でも……怖い……
もし受け入れて貰えなかったらと思うと……
「アキラ…」
「………」
そうこう悩んでるうちに真夜中になってしまい、進藤が傍にやってきた。
いつも通りキスから始まって……体にも手を伸ばしてくる……
僕は涙を溜めて、嫌だ嫌だと思いながら、必死に耐えた。
「…アキラ、今日あんまり乗り気じゃない?」
「…え…?」
「全然濡れてこないから…」
「……ごめん」
「…いや、オレの方こそごめん。ちょっと……」
「…え…?」
「ちょっと……焦ってた、のかも…」
……え…?
「伊角さんも本田さんも奈瀬も越智も、みんな結婚しちゃったじゃん?今度は和谷まで。みんなどんどん先に幸せな家庭を築いてるのに……なんでオレだけ…出来ないんだろうって…」
「な、何を言ってるんだ?だって…キミはまだ結婚したくないんだろう?さっきだって、30過ぎるまでは絶対に御免だって…」
「あんなの…ただの強がりだよ。でも、オマエが同意してくるのを聞いて…落ち込んだ」
「い、意味が分からない!キミがしたくないって言うから……僕は……」
落ち込んで落ち込んで。
一人で悩んで悩んで。
たくさん涙を流したのに……
「気付いてた?アキラ。オレ、ずっと…避妊外してたんだぜ?出来たらいいのにって…。そしたらアキラも結婚する気になってくれるかも…って。最低だろ?」
「………」
それを聞いて、僕は彼の体を突き飛ばした。
倒れた彼の上に乗って、
「馬鹿馬鹿バカーーっ!!!」
と何度も叩いて、
「キミのせいだキミのせいだキミのせいだ!!」
と何度も叫んだ。
「アキ…ラ…?」
「僕が…どれだけ不安だったか…。結婚したいなら、さっさとプロポーズすればいいじゃないか…!ずっと付き合ってること自体隠されて、誰にも彼女として紹介されなくて…、僕がどれだけ傷ついていたか…」
「ご…ごめん…」
「それなのに、わざと避妊を外してただと?ふざけるな!僕が何度……堕ろそうかと…悩んでたかも知らないで…」
「え?」
進藤が目を点にして、慌てて体を起こした。
僕のお腹に…優しく触れてくる。
隠しきれない嬉しさで顔を緩めながら――
「い、いるのか?本当に?」
「もう…10週目になる」
「なんで言って…」
「キミがそんなだから…!」
「ご、ごめん。…って、じゃあエッチなんかしちゃ駄目じゃん!もう寝ろ!ほら、ちゃんとパジャマ着て、温かくして」
「…キミがしようって言ったんじゃないか。キミが脱がしたくせに…」
でも、僕の妊娠を知った途端、体を心配してくれる彼に嬉しくなった。
すごく喜んでくれてるみたいだし。
それに、曖昧にせずちゃんと言ってくれた。
「アキラ…結婚しよう。オマエもお腹の子も、命懸けで守るから。絶対に幸せにするから」
「…その台詞、もっと早く聞きたかった」
「オレももっと早く言えばよかったな。20歳の時には、もう決めてたのに…」
そんなに前から?と驚いて、二人とも笑ってしまった。
―――翌日
進藤はさっそく両親に挨拶に来てくれた。
僕らの関係は隠してたつもりだったのだけど、もうずっと前からバレバレだったみたい。
子供が先になったことにも特に何も言われなかった。
むしろ初孫を喜んでくれていた。
進藤のご両親には驚かれたけど、また喜ばれて。
囲碁関係者にもちゃんと報告してくれて。
僕はやっと公に出来たことに、心底ほっとした。
「進藤〜〜5年も前から塔矢とデキてたなんて聞いてねーぞ〜〜。何が彼女大募集中だ!」
「へへへ〜ごめんごめん」
進藤は和谷君達に怒られてたが、顔はニヤけっぱなしだった。
「あ、アキラ!オマエが終わるの待ってたんだぜ、一緒に帰ろう」
棋院ではずっと『塔矢』だった僕の呼び名も、この度『アキラ』に変更。
堂々と手を繋いで、僕らは二人で住み始めた家に帰って行ったのだった―――
―END―
以上、関係を隠してる二人でした〜。
最近こんな話ばっかですみません…(笑)
19の付き合い始めた時は、周りに知られるのが嫌だったヒカル君。
でも20の時には運命の相手はやっぱアキラだ!と気づいていたのです。
でもずっと言えなくて、強がって。
挙句の果てに強行突破に走る…という、まぁいつものヒカル君のパターンですね(笑)
アキラさんも大変だよねー。