●COLLEAGUES V●





悠一君が大学を卒業した――



「卒業おめでとう、悠一君」

「ありがとう。これでやっと棋士一本の生活になるわ〜」

「そうだね」



卒業式の後、彼が一人暮らしをしている部屋に一緒に帰ってきた。

悠一君は大学進学と同時に一人暮らしを始めている。

ご両親が転勤でまた大阪に帰ったからだ。

この4年間、何度も遊びに来た部屋。

もちろん何度も…この部屋で体を合わせた。

そのベッドに、私は腰掛けた。

悠一君もすぐ横に座ってくる。



「やっと学生が終わったわ。これでやっと言える」

「え…?」


真面目な顔になった悠一君が私の手を取ってくる。


「奈央。いや、金森奈央さん」

「はい…」

「俺と結婚して下さい」


悠一君がポケットから、箱を取り出した。

その中に入っていたのはもちろん……指輪。

私の左手薬指に嵌めてくれる……



どうしよう……



「奈央?返事は?」

「……」


どうしよう……すごく嬉しい。

もちろんすぐにイエスって言いたい。

そして悠一君の胸に抱き付きたい。



――でも


私は付き合ってきたこの9年間、悠一君にずっと言えなかったことがある。

いまだに言ってないことがある。


それはもちろん――私の家のことだ。

私は長女だ。

二人姉妹の長女。

家を継がなくてはならない。

でもずっと恐くて、そのことには触れれなかった……



「私も悠一君と結婚したいよ…。でも……」

「でも?」

「西条奈央には…なれない。ごめんなさい…」


悠一君がフッっと笑ってきた。


「そんなん、知っとうよ」

「え…?」

「俺が何で行きたくもない大学行ったと思っとるん?」

「…行きたくなかったの?」

「当たり前やん。俺は別にそんなに学校の勉強や好きやない。それどころか棋士としての勉強時間が減って大損やん」

「じゃあ…行かなかったらよかったのに…」

「そやね。でも金森家に入る為には学歴も必要やろ?」



―――え?



「俺はアホちゃうよ?奈央の家の事情もこの9年間でちゃんと分かっとるつもり」

「悠一君……気付いてたの?」

「とっくの昔にな。奈央、俺を金森悠一にしてくれる?」

「……」


涙が溢れてくる。

いいの?

本当にいいの?

私なんかの為に大事な苗字を捨ててくれるの?


「ありがとう……」

「俺は奈央と結婚出来るんやったら、苗字や何でもいいんよ」

「悠一君…」

「結婚しよう、奈央」

「うん、うん!もちろん!喜んで!」


私は悠一君の胸に抱き付いた。

ぎゅっと抱き付いた。

もう離さない。

離れない。

一生悠一君と一緒にいる。


「大好き……」

「うん…俺も大好き」


私達は視線を合わせて、そして直ぐ様唇も――そのまま体も合わせた――








そのまま悠一君の部屋に泊まって、翌日一緒に私の家を訪れた。


悠一君は両親に、

「奈央さんと結婚させて下さい」

と挨拶してくれた。

もちろんうちの両親は大歓迎していた。

「ありがとう」と、お母さんは泣いていた。

お母さんは男の子を産めなかったことをずっと悔やんでいたらしい。

私に負担をかけてごめんねと謝っていた。

時代錯誤もいいとこだけど、でも、令和の時代の今でも…こういう家ってきっと多いんだろうな。



一方、悠一君の家に挨拶に行く時はめちゃくちゃ緊張した。

でも悠一君は私と付き合ってることを最初から話してくれてたし、大学受験の時に既に、

「奈央と結婚したいから大学行かせてよ」

とご両親に説明していたらしい。

「古い家やけん、婿になるにも学歴くらいは最低限必要なんよ」と。


ちなみに悠一君のお兄さん二人は既に既婚らしい。

お子さんも既に合わせて5人もいるらしい。


「奈央ちゃん、不束な息子やけどよろしくお願いします」とご両親に頭を下げられてしまった。

いえいえいえ、こちらこそよろしくお願いします。

むしろ大事な息子さんをありがとうございます。







5月17日、私達は結婚式も挙げて晴れて夫婦になった――







二ヶ月後、手合いから帰ってきた悠一君が教えてくれた。


「奈央、進藤が言よったんやけど、緒方さん入院してもたんやって」

「入院…?」

「おめでたらしいな。悪阻が酷いらしい」

「おめでた?!」

「ほなけん来月の披露宴はキャンセルやって。進藤らしいっちゃ、らしいけどな」

悠一君が笑っていた。


「緒方さん…赤ちゃん出来たんだ」

悠一君が私の肩を抱いてくる。

「奈央も欲しい?ほな今夜頑張ってみる?」

「……う…ん」

「どしたん?」

「ううん…。ただちょっと、私も生理遅れてるなぁ…って、ちょっと思って…」

「――え?」



検査薬で調べてみると陽性で、翌日悠一君付き添いのもと産婦人科を訪れた。

結果は6週目。

予定日は来年3月。


「楽しみやな」

「うん!」




悠一君と出会えて私は本当に幸せだ。

でもこれからきっともっともっと幸せになる。

そんな予感しかしない。

ずっと大好きだよ。

一生一緒にいようね――








―END―









以上、西条×奈央パート3、二人の結婚話でした〜。
実は西条は大学まで行ってます。
しかもそれなりの大学です。(明治か法政か立教かそのあたり)
もちろん奈央と結婚する為です。
高3の時、佐為がタイトル戦を頑張る傍らで、西条は実は受験勉強を頑張っていました。
もちろん共通テストも受けました。

別に奈央の両親は学歴を気にするような人達ではありません。
でも旧華族としてこれからそういう集まりにも顔を出さなくてはいけません。
上下や横の繋がりが何より強い世界です。
もちろん噂もされます。
「金森様のところのお婿さん、大学はどちら?」とか。
海王といえども高卒では話にならない世界なのです。
西条も棋士として先読みが得意だったということですねw

ちなみに西条、実は標準語も喋れるんですよ。
もう10年も東京に住んでますので。
そういう集まりに参加する時は彼は標準語だったりするのです。
でも関西弁の方がきっとマダム受けがいいです。
そのことに気付いた後はまた関西弁に戻したそうですよ(笑)

さて、次の視点リレーは初登場、ヒカアキの次男、双子(兄)の奏君です!10歳になりました!