●CM●
「嫌です」
「頼むよ進藤先生」
「無理です」
「そこを何とか!この通り!」
「どうぞお引き取りください」
今日もリビングで繰り広げられている佐為と棋院の広報部の松尾さん(佐為担当)との攻防。
私はキッチンで来客用のコーヒーを煎れながら、二人の会話を盗み聞いていた。
どうやら松尾さんはまた佐為にCM出演の打診に来たらしかった。
「航空会社だけはどうしても断れないって言うから前回は仕方なく出ましたけど。あの時もう二度と引き受けないって言いましたよね?」
「そうなんだけど、今回もまたどうしても断れないんだよ。棋戦のスポンサーだしさぁ」
「嫌です。何としてでも断って下さい」
「断ったら俺の首が飛ぶんだよ」
「いつもそう言いながら、もう20年もちゃっかり働いてるじゃないですか」
「いやでも、今回はマジだから。進藤先生だってスポンサー無しに棋院が成り立たないことぐらい知ってるだろ?」
「それは分かりますけど……別に僕じゃなくてもいいのでは?」
「それがダメなんだよ、先方がどうしても進藤先生でないとって言うからさぁ。来年オリンピックだし今からCMに力入れたいそうなんだよ〜」
「オリンピックの為に売りたいのなら、スポーツ選手を起用すればいいじゃないですか。囲碁はオリンピックとは無関係なんですから」
「囲碁は関係ないんだって。進藤佐為のビジュアルが欲しいんだよ先方は」
「囲碁が関係ないならますます出る意味ないじゃないですか」
「いやいや、CM見て興味持ってくれた人が囲碁を始めるかもよ?」
「そんなわけないでしょ」
「とにかく頼むよ〜〜俺が何社断ってると思ってるの?俺の苦労も分かってよ。本当なら今頃進藤先生CM王になれるくらいオファー来てるんだからね!」
松尾さんも粘るなぁ…と思いながら、私は二人にコーヒーを「どうぞ」と差し出した。
「緒方さーん、旦那さん説得してよ」
「精菜を巻き込まないで下さい」
「ほんの2時間程度の撮影が何でそんなに嫌かなぁ?」
「CMはもう前回で懲りましたから」
「何で?めちゃくちゃ評判よかったのに。日本中の空港に進藤先生の広告が貼られたしさぁ」
「本当にアレは冗談抜きで勘弁して欲しかったんですけど……」
佐為が思い出してゲッソリしている。
まぁ空港どころか画面モニターにも機内誌にも自分の顔が出ていたら、しょっちゅう飛行機を利用する佐為にとってはもう羞恥に耐えられなかったのかもしれない。
今回松尾さんが持って来たCM話は、『テレビ』そのもののコマーシャルだ。
次は家電量販店が自分の広告だらけになるのは目に見えているから、佐為はどうしても断りたいんだろう……
でも私は別に出てもいいんじゃないかな、と思う。
「佐為、別に2時間ならいいじゃない。こう松尾さんと話してるだけでもうすぐ2時間経っちゃうよ?」
「さすが緒方さん!分かってらっしゃる!今日断っても俺また来るからね!まさに俺を相手してる時間で撮影終わらせれちゃうよ!」
「…………はぁ」
ようやく諦めたらしい佐為が手帳を取りに行った。
佐為は昔からスケジュールを手帳で管理しているのだ。
「……で?撮影はいつですか?」
「ありがとう進藤先生!!恩に着るよ!!」
「いつですか?」
「あ、変更はまだ可能なんだけど、8月20日とかでどうかな?名人戦が始まる前の方がいいよね?」
「コンテは?」
「これこれ♪なかなかカッコいいよ〜」
松尾さんがウキウキと封筒から出してきた。
受け取った佐為が一目見て、
「あり得ません」
と突っ返した。
「え?どこがダメ?」
「どうして女性と二人でテレビを見てるシーンから始まるんですか」
「え?そりゃオリンピックの観戦でしょ?」
「そんな内容なら出ません。断るか練り直して貰って下さい」
「ええええ〜〜〜」
「僕はもう既婚で子供だっているんですからね」
「ファミリー系にしろと?」
「当たり前です」
「んー、じゃあ聞いてみるよ」
いつだったか、昔佐為のお父さんが出ていた車のCMで、同じようにカップル向けがコンセプトのものがあった。
助手席に座ってるのが知らない女性で、それを見た佐為は自分達家族が否定されてるみたいで嫌だったらしい。
確かに私もそれは嫌だ。
そんなCMなら出て欲しくない……
「でも進藤先生、ファミリー向けにしたところで、今度は偽の奥さんと子供が出てくるわけだけど、それは別にいいの?」
え……
「嫌ですね。やっぱり断って下さい」
「ええええ」
「僕の妻は精菜だけですから。嘘でも他の女性となんて御免です」
佐為……
「じゃあそれならもう、いっそ緒方さんに出てもらうしかなくなるけど…」
え?!
「そうですね、それなら出てもいいです」
いいの?!
「娘さんは出演OK?NG?」
「顔をアップで撮さないのなら別に構いませんよ」
佐菜も?!
「別にいいよね?精菜」
「さ、佐為がいいなら……」
「いいよ」
いいんだ……
「じゃあ先方には引き受けるにはこの条件でって伝えるよ。まぁ緒方さんは普通にその辺の女優よりキレイだから問題ないと思うけど。リアリティーが出ていいかもね」
問題はコンテの練り直しが間に合うかどうかだよな……と、早速電話しながら松尾さんは帰って行った。
「佐為……本気なの?」
「今回もこっちからは断れそうになかったからね。無理なら向こうから断ってくるだろ」
「うん……」
「僕の奥さんは精菜だけだから」
「…ありがとう」
チュッと頬にキスされる。
もちろん頬だけじゃ物足りない私達は、直ぐ様唇を合わせて深いキスをし始めた――
一週間後。
松尾さんが再びやって来て、佐為は新しく練り直されたコンテに目を通し始めた。
先方は進藤名人の本物の家族の出演に大賛成の大歓迎だという。
コンテに佐為もOKを出し、予定通り8月下旬にスタジオで撮影が行われることになった。
まだ生後半年の娘も一緒だったから、途中グズったりして撮影は予定より長くかかってしまったのだけれど、ちょっとだけ女優気分が味わえて私は楽しかった。
子育てばかりの毎日のいい息抜きにもなった。
そして約一ヶ月後、10月からそのCMがオンエアされた――
「精菜見たよ〜〜」
「えー、恥ずかしい。……どうだった?」
産前休暇に入った彩。
家に遊びに来た彼女に早速感想を聞いてみた。
「リアリティーあってよかった。そういえば今朝の全国ニュースでもやってたよ」
「え…?」
「進藤名人の新CMは実の奥さんと娘さんが共演!って既に話題らしいよ〜」
「そうなの?!恥ずかしい…」
「でもキャスター、奥さんすごく美人ですよねって精菜のこと褒めてたよ♪」
「ええー…」
「お兄ちゃん、結婚してから人気落ち着いてたけど、またこれでファン増えそうですよね〜とも言ってた」
「え?!」
「お兄ちゃんCMですごく幸せそうな顔してじゃん?あの表情が今まで見たことのない新しい進藤佐為ってことで、かなり評判になってるみたい〜」
「そ、そうなんだ…」
確かにCMの佐為は、今までの彼のイメージとはちょっと違う、すごく温かみのある表情をしていた。
家族思いの優しい夫、優しいパパの表情。
実際に私が知っている、家庭内での彼のいつもの表情だ。
皆が知ってしまったのはちょっと残念だけど、このCMはきっと私達家族にとってもいい思い出になると思う。
出てよかった…と思った。
「彩もだいぶお腹出てきたね」
「もう重くて大変だよ〜。何で双子なの?!って感じ」
「彩の弟妹も双子だし、京田さんの妹さんも双子なんでしょ?きっと双子が出来やすい家系なんだよ」
「ええー」
困った顔をしながらも、彩もとても幸せそうだ。
この世で一番大好きな人との子供。
彩は優しく、愛おしそうにお腹を撫でた。
私もスヤスヤ寝ている娘の頭を撫でてみた――
―END―
以上、佐為vs松尾さん(棋院広報部)でした〜。
ヒカルから本因坊のタイトルを奪取した数日後の話となります。
この人に騙されて中学の時からモデルの仕事とかをさせられている佐為です。
松尾さんは既に佐為専属で、マネージャー的な仕事もしています。
ちなみにCM撮影がちょっと楽しかった精菜。
「また出てもいいかも♪」と冗談で言ってみたり。
それを聞き逃さない松尾さんです。(キラン)
ここぞとばかりファミリー系のCMをわざわざ精菜がいる時に佐為に打診しに訪れます。
精菜が出たいというなら断れない佐為です〜。
とりあえずハウスメーカーとファミリーカーは間違いなく出たことでしょうw
ちなみに彩は現在双子の男の子を妊娠中です。
出産予定日は年明けなので、10月からもう産前休暇に入ってます。
でも帝王切開なので結局年末に生まれます〜☆