●BIRTHDAY EVE●





「では次は14日に」

「―――はい。送って下さってありがとうございました」

「お休み」

「お休みなさい…」


自宅の前に停めたメルセデスがゆっくりと進みだす。

僕はその車が見えなくなるまで、ただ門の前で突っ立っていた。


ため息を、吐きながら―――




29歳。

最後の20代の歳を目前に控えた先月、僕は結納を交わし婚約した。

相手は父の後援会の会長を努めていた人の会社の取引先の社長の息子、だ。

どうしても断れなくてお見合いしてみれば、顔よし学歴よし性格よし、おまけに将来は父親と同じく社長の座が用意されてるという、全くもって非の打ち所のない男性だった。

特に断る理由もなく、母に押しきられて結納を交わしてしまい、今日もその人と会っていた。

一緒にドライブしたり食事したり、囲碁の世界とは全くの無縁な人なのに信じられないほど会話が盛り上がって…正直言って楽しかった。

この人と結婚すればきっと僕は幸せになれるだろう。

こんな人とお見合い出来た自分はきっとラッキーなんだろう。

そう自分に何度もそう言い聞かせる。


次に会うのは14日――僕の誕生日となった。

月曜な為、会う約束の時間が自然と夜になってしまった。

婚約済みの男女が誕生日の夜に二人で会う。

どういう展開になるのかなんて、いくら恋愛ごとに疎い僕でも分かる。

だから……ため息が出て仕方がなかった――












「塔矢〜今日ペース早いじゃん?ヤな客でもいた?」

「別に」


ダンッとビールジョッキを机に下ろした。

時が過ぎるのは早いもので今日はもう12月13日、日曜日。

明日がついに婚約者と会う約束の日となってしまった。

こんな日に進藤に会わなくちゃならないのは辛いの他なんでもない。

昨日今日とあった大きめのイベントの打ち上げで、タイトルホルダーである僕と進藤がメインゲストなのだから顔を合わせるのは仕方がないのだけど。

こういう飲み会の席では進藤は決まって僕の横に座ってくる。

で、無責任に色々聞いてくる。


「そういやオマエ、婚約したんだって?」

「……別に」

「別に、じゃねーだろ。そういう大事なコトは大事なライバルに一番に教えろよなー」

「………」


大事なライバル――その位置付けが僕を奈落の底に突き落とす。

震えだす手をジョッキを握りしめて必死に隠した。



そう――僕は進藤が好きだった。

10代の頃からもう10年以上も。

ずっと告白しないまま唯一無二のライバルとしていい関係を続けていた。

そして恐らくこれからも続けるつもりなんだろう。

だから婚約したのだ。



「あ、分かった。婚約者がヤな奴なんだ?だからそんなに落ち込んでんだ?」

「それは違う。僕には勿体ないくらいのすごくいい人なんだから」

「何歳?」

「2つ上だから…31かな」

「ふぅーん、なるほどね」


進藤が分かった顔でニヤニヤしてくる。

自分の顔が火照るのが分かった。


「明日オマエ誕生日だもんなー。デートの約束してるんだろ。もちろん夜に?」

「だ、だったら何だ…」

「緊張してるんだ?」

「べ、別に…」


確かに緊張しているのかもしれない。

僕には男女交際の経験がない。

つまり……そっちの経験ももちろんない。

相手は31歳の大人だ。

しかもあの好物件だ。

きっと今まで女の人には困ったことがないってぐらい女性経験も豊富だろう。

初めての僕ではきっと満足してもらえない……









そんなことで僕がため息まで吐いて落ち込むわけがないだろう!!




「…ただ残念なだけだよ」

「残念?何が?」

「………」


僕も一応女だ。

初めてぐらいは……好きな人としたかった…ってね。

今すぐ横に座っている10年越の、僕の初恋の人の顔を改めて見た。


「何だよ?顔に何か付いてる?」



本当に…好きだったな…


結婚したら…きっともう想うことも許されない…


二人で会うことも許されなくなるのかな…


なら…さっさと伝えてしまえば良かったのかも…


フラれて距離が出来ても結局は同じなんじゃないか…



今までの関係なんてどうせもう続かない―――








「塔矢?オマエマジで大丈夫?」

「大丈夫じゃない…」

「え?――」


僕は倒れた。

進藤の胸に。

酔った振りをして。


「気持ち悪い……帰る」

「おいおい、大丈夫かよ塔矢っ」


僕の異変に気付いた打ち上げの幹事の人が慌てて僕らの元にやって来た。

進藤が「すみません、こいつ送ってくんでオレも抜けます」と謝って、僕は進藤に連れられて店の外に出た。

「ちょっと待ってて、タクシー捕まえてくる」と大通りに向かおうとした彼の腕を引っ張った。


「いい、そこでいい…」

「そこって………え」


僕が指さしたのは、今まで飲んでた店から目と鼻の先にあるネオン眩しいファッションホテルだった。

流石の進藤も固まっている。


「…本気?」

「ああ」

「オマエ…明日婚約者とデートなんだろ?」

「だからだ」

「は?」

「恥ずかしい思いをしたくない…一度経験しておきたいんだ。すまないが付き合ってくれ」

「…マジで?」

「大マジだ」

「て言われてもね…」


進藤はあまり気が進まないみたいだった。

男は自分の妻になる女が経験ないのってむしろ嬉しいことなんだけど…とか、ぐちぐち御託を並べてきやがったから、もう腕を引っ張って強制連行してやった。

ベッドに押し倒すと、やっと諦めたように溜め息を吐いてきた。


「本当にいいんだな…?」

「ああ」

「浮気になるって分かってる?」

「もちろん」

「後で変な請求来たりしないだろうな?」

「タイトルホルダーのくせにケチケチするな」

「じゃあ…ナマでしてもいいなら、いいよ」


上下逆転。

僕の上に乗った進藤が、途端に男の眼になった。


「それくらいさせてもらわなきゃ、オレにメリットないし」

「ナマ…?」

「そ。オレしたことないんだよね。女が言う安全日って、信じられないし」

「………」

「流石にそれは困る?じゃ、別にいいけど。帰ろうぜ」


起き上がって僕から離れようとした彼の腕を慌てて掴む。


「キミがいいのならっ、僕は別に構わないっ」

「へー、いいんだ?言っとくけど、容赦なく中で出すぜ?下手したら明日婚約者にバレるかもよ?それでもいいんだ?」

「い、いいよ…」

「妊娠しても?」

「いいって言ってるだろう?全部覚悟の上だ!」

「――じゃ、いいけど…」


普通はそれほどのリスクを負ってまで、練習したい人はいないだろう。

でも僕はどんなに脅されても首を縦に振り続ける。

でないときっと一生後悔する。

この10年越の想いを昇華させるには、どうしても必要だから。

キミを忘れるための儀式のようなものだ――





「――…ぁ……」


服を脱がされ、上から順番に身体中を愛撫される。

何回、何十回とされるキスは…僕の思考回路を停止させ、頭をとろけさせるには十分だった。

たまに身体に走る痛みは、彼が僕の身体に痕を付けてるのだと悟る。

挑発的だ。

明日婚約者にも抱かれるかもしれないこの身体にそんなものを付けるなんで、自らバラしてるようなものじゃないか。

もしかしたら進藤は気付いてるのかもしれない、この行為の本当の意図を――僕の気持ちを――



「しん…どう…」

「ん…挿れるな」

「……うん」


途端に下半身に痛みが走る。

痛くて苦しくて逃げたくて、でも身体はもっともっとと欲しがって訳が分からなくなる。


好き。

進藤が好き。

ずっと好きだった。

ずっと想い続けてきたキミと、身体で一度でも結ばれることが出来て、本当に幸せだと思う。




「――は…っ、も、やばい…かも…」


何度も巧みに腰を動かしていた彼の動きが、急に止まった。

と同時に下肢にドクドクと温かいものが注がれるのが分かった。

僕は自然と絡めていた脚の力を込めた。

まるでもっと奥に入るよう、流し込むように――



「はぁ…やべ、気持ちいいなこれ…」

「う…ん…」

「もっかい、いい?なーんて…」

「いいよ…」

「マジ?」


進藤の体が再び動き始めた。

僕の下半身の中が、色んなものでぐちゃぐちゃになってるのか、さっきよりイヤらしい音が部屋に響き渡る。

快楽を覚えてきた僕の体も声によって表に出される。



「…ぁ…っん、あ…っ、は…っ」

「とう…や、…は…っ」

「しん…ど…、あぁ…っ」


繋がったまま、何度もキスも落とされる。

舌も絡めあって、指も絡めあって。

まるで、僕らは相思相愛のカップルなんだと、愛し合ってるんだと勘違いしそうになる。

これがもう夢なのか、現実なのか、徐々に分からなくなってくる。

ただ間違いなく分かるのは、僕がキミのことを好きだということ。

10年以上隠してきたけど、もう段々どうでもよくなってきた……




「…進…藤…、好…き…」

「ん…オレも…」

「大好き……」

「オレも…」









二度目のクライマックスを迎えた後、僕らは素面に戻り、お互い気まずく黙りこんだ。

進藤が

「いつから…?」

と気まずそうに聞いてきたので、気まずそうに

「もう10年以上前からかな…」

と正直に答えると、

「そっか、オレもだ…」

と返ってきた。



「………」

「………」



その後はとりあえずお互い罵りあってみたり。



「はぁ??じゃあ何で婚約なんてしたんだよ!バッカじゃねーの?!」

「キミだって女の子と付き合ったり別れたりを今まで散々繰り返してたじゃないか!!キミにだけは言われたくない!!」

「オマエがさっさとコクってくれてりゃあんな奴ら付き合ってないっつーの!!」

「キミから告白してくれたらよかったんじゃないか!僕はずっとフリーだったのに!!」

「んな簡単に出来たら苦労しないっつーの!」

「そうか!僕もだ!」



その後は、とりあえず事後確認をしてみた。



「婚約は破棄するよ。明日謝ってくる。だからキミも彼女と別れてくれ」

「心配しなくてももうとっくに別れてる。オマエが見合いした時点でオレ顔面蒼白だったんだからな…」


婚約したって聞いて意識失いかけた、と進藤が笑った。


「今日だって、オマエに婚約したんだって?って聞くとき、実は手震えてたし…」

「そうだったの?全然気付かなかったよ。会話もいつものノリだったし…」

「必死に取り繕ってたの!今日のオレもう腹の中真っ黒だったんだからな!オマエがラブホに誘ってくれなかったら、睡眠薬でも使ってホテルに連れ込んでもうお嫁に行けない体にしてやろうと…」

「お陰様でもうなっちゃいました。責任取ってよね」


じろりと睨むと、進藤が一瞬怯んで、そして頬を赤く染めてきた。

真面目な顔で、夢にまで見た言葉を繋いでくれる。



「オレ…ずっと塔矢のことが好きだった。オレと結婚して下さい」

「うん、もちろん――喜んで!」





プロポーズが終わったと同時に、日付が変わった。


12月14日、僕の29回目の誕生日に――




「おめでとう塔矢。これからは毎年、一番に祝えるな」


「ありがとう――」







―END―






以上、29回目のアキラちゃんのバースデー話でした〜。
お話書くの久しぶりすぎて、今はこれが精一杯…な内容ですみません。。。
ヒカル君演技上手いね!(爆)

きっとこの後朝までもう何回かイチャついて、一緒に塔矢家に戻り、ヒカルは行洋さんと明子さんに挨拶するんだと思いますよ。
やっぱりね、と明子さんに笑われたり。
婚約者との話し合いもすんなりいくんじゃないかな。(向こうもきっと引き手数多だろうし)
めでたしめでたし!です!