(精菜は今日も休みかー…)
いつもの院生研修の土曜日。
精菜が来なくて少しガッカリ気味に、私は目の前の対戦相手に頭を下げた。
「「お願いします」」
院生の研修は毎週土日に棋院で行われている。
研修時の勝敗で毎月順位が変動し、私の院生順位は今月も1位だ。
先月も16戦中15勝1敗となかなかの好成績だったからだ。
でも――1敗してしまった。
私を負かしたその相手が、ちょうど横に座っていたので、チラリと私は視線を彼の方に向けた。
彼の名前は京田昭彦、16歳。
都内屈指の進学校に通う高校1年生。
中1で院生になったらしい彼のスゴいところは、囲碁を始めたのも中1というところだ。
中学に入って、囲碁部で初めて囲碁を始めたらしい。
(そんな数ヶ月で院生になれるほどの棋力を付けたってこと?一体どんな天才よ)
2歳からずっと元名人の祖父から囲碁を学んできた私にとっては、どうしても少なからず劣等感を抱かずにはいられなかった。
おまけに師匠もいないらしいし、囲碁道場に通ってるわけでもない。
もう意味が分からなかった。
まるで自分の父親の再来のようだった――
(何か胸がドキドキする……)
「ありません…っ」
「ありがとうございました」
A組は基本午前に一局、午後に一局と一日二局。
午前の対局が終わり次第、各自お昼休憩に入ることになる。
精菜がいればもちろん一緒にお昼ご飯は精菜と食べるんだけど、いない時は……
「進藤も今からお昼?」
「うん…」
控え室に行くと、先に終局したらしい京田さんと柳さんが一緒にお昼ご飯を食べていた。
私も混ぜてもらって、今日も一緒に食べることにした。
「緒方さん、今日も休みなんだな」
京田さんが聞いてくる。
「うん…」
「今休むなんて普通じゃ考えられないけどな」
「そうだよね…」
プロ試験は7月8月の院生順位10位までが予選免除になる。
つまり当然今の6月の勝敗が7月の順位に関係してくる。
精菜の現在の順位は9位だ。
このままいくと来月はおそらくもっと落ちる。
ということは……
「精菜はもしかしたら予選を受けたいのかもね」
「何で?」
「…お兄ちゃんと一緒に受けれるから」
『お兄ちゃん』と私が口にすると、京田さんの目付きが少しだけ鋭くなった。
「進藤佐為かぁ…。今年プロ試験受けるってウワサ、やっぱ本当なんだ?」
「あ、うん。先週かな、願書書いてたからもう申込終わってると思う」
「へぇ…願書ね。家庭状況欄凄そうだよな」
「あはは。ちょっと覗いたけど、両親の職業欄は『棋士』って真面目に書いてたよ」
「はは」
京田さんはお兄ちゃんをかなり意識している。
もっとも、意識してるのは京田さんだけじゃないけど。
院生全員がきっと意識している。
皆何がなんでも20位以内に入ろうとしているのが、最近ヒシヒシと伝わってくる。
20位以内に入ると、予選に出れるからだ。
つまり――お兄ちゃんと打てる。
お兄ちゃんは院生1位の私より遥かに強い。
私は10回打って1回まぐれで勝てたらいい方だ。
つまり、普通に考えればお兄ちゃんがプロ試験を受けるのは今年が最初で最後だ。
皆が一度は打ってみたいと思わせる程の知名度がある私の兄・進藤佐為と、真剣勝負が出来る絶好の機会を――皆モノにしようと必死なのだ。
「10月が楽しみだよな、柳」
「かなりね」
京田さんも柳さんもプロ試験が待ち遠しいらしい。
私も待ち遠しい。
早く受けたい。
そして――合格したい。
お兄ちゃんとも精菜とも一緒にプロになりたい。
出来ることなら……京田さんとも。
昼食を終え、柳さんと午前中の対局の検討を始めた彼の顔をチラッと見た。
(やっぱりドキドキする……)
京田さんを見るといつも胸がドキドキうるさいのだ。
何でなんだろうと、ずっと不思議に思ってたんだけど……今はもうその意味が分かっている。
これが『好き』ってことなんだろう。
私もいつか、お兄ちゃんと精菜みたいに、京田さんと交際出来たらいいなぁ……なんて、こっそり思っちゃってたり。
でも、それより今はプロ試験だ!
無事合格出来るよう、今日の昼からの対局も頑張ろうと思った――
―END―
以上、プロ試験開始前の6月の小話でした〜。
佐為がプロ試験の申込をしたらしいです。
(実はヒカアキと互先で打って負けた棋譜を提出してたりしますw)
ちなみに師匠欄は空欄だったりするのですよ。
でもって佐為を意識しまくる京田さんです。
そんな京田さんのことを既にLOVEな彩です〜vv