●2nd FEMALE+γ 1●
「じゃあ行ってくるから」
「ああ、気をつけてな」
退院して一週間後――早くもアキラは仕事に復帰することになった。
と言っても完全復帰ではなく、明後日から始まる本因坊戦のみの参戦だ。
だけど毎週毎週移動しながら2日がかりの対局をこなすのは、産後の体に一体どれだけ負担になることか…。
「そんな顔しないで。大丈夫だから…」
「だって…」
眉間にシワを寄せて不安そうに見送るオレの頬に、アキラは優しく手を差し伸べてくれた。
「ママぁ…」
佐為はアキラと離れたくないらしく、ぎゅっとスーツの裾を握ってる。
「佐為、5日で帰って来るから、パパと彩と仲良くね」
「いやぁ…」
ブンブン頭を振って拒否してる。
「男の子は泣いちゃダメ。それにもうお兄ちゃんでしょ?彩ちゃんに笑われちゃうよ?」
「…うん」
しぶしぶ代わりにオレの足に纏わりついてきた。
「5日も粉ミルクなのは彩に申し訳ないな…」
「胸痛くねぇ?」
「うん、今回はそんなに出てないから大丈夫」
「そっか…よかった。調子悪くなったら、対局中でも下がって休めよ?持ち時間8時間もあるんだしな」
「分かってる、無理はしないよ。じゃあ行ってくるね」
「おう!倉田さんなんかコテンパンにやっつけてこい!」
そう言うと苦笑しながらアキラは出て行った。
最後に見えた表情は既に棋士の顔だ―。
「パパぁ…」
「佐為、彩ちゃんにミルクあげに行こうぜ」
寂しそうにコクンと頷いてきた。
第一戦目は長崎。
二戦目は高松。
三戦目は石川。
四戦目は……どこだったかな?
見事に地方戦ばかりで吐き気がする。
ちなみにオレだって明後日は名古屋だ。
いつもは一泊してるけど、今回はもう日帰りにするつもり。
ただでさえ母親と会えなくて寂しい思いさせてるのに、オレとまで何日も会えなかったら…一体子供達はどんな風に思うことか…。
仕事仕事の両親の元で育った子供が幸せだとはオレは思わない。
オレの父親がそうだった。
営業職だったから帰ってくるのが日が変わる頃になる日も多かった。
オレがあの人に会えたのは短い朝の時間のみだ。
休日だって合わないから遊んでもらった記憶はほとんどない。
…正直すげぇ寂しかった…
だからそんな思いを自分の子供にまでさせたくないんだ。
…でも、これ以上仕事を休むのは不可能に近い…。
一体どうすれば…―
「ヒカルさん、アキラさんが帰ってくるまでの間、この家に泊まったらいかが?」
「いいんですか…?」
「ええ、もちろんよ」
次の日――佐為達を預けに塔矢家に行くと、明子さんが既に寝不足でぼーっとしてるオレに提案してくれた。
「彩ちゃん達の世話をしながらだと、碁のお勉強どころか家事もなかなか出来ないでしょう?」
「…はい」
「それにね、朝預けて夜引き取ってまた朝預けるのだったら、あまり意味がないように思うのよね」
「それはオレも思ってました…。でも一日中先生達に預けっぱなしっていうのも何か悪い気がして…」
「あら、全然。もっと頼ってくれていいのよ?私達も親子なんですから」
親子…。
そうか…。
そうだよな。
妻の両親なんだから、オレとも一応親子になるんだ。
当たり前のことなのに、何かすげぇ感動…―
「こんなこと…ヒカルさんにぼやくのも恥ずかしいんだけど…」
「え?何ですか?」
「私ね…今の生活がすごく寂しいの。アキラさんがお嫁に行ってしまって、行洋さんも既に隠居生活みたいな感じでしょう?まだ40になったばかりなのに早から老後を迎えたみたいで…すごくつまらなかったのよ」
「明子さん…」
「だから佐為ちゃんや彩ちゃんが来てくれてる間は…すごく生きがいが見出だせて嬉しいわ」
「そう言って貰えるとオレも嬉しいです」
「ええ、だからどんどん頼ってね。今日から4日間はヒカルさんも泊まってくれるのかと思うと、お料理も作り甲斐があるわ〜」
「楽しみにしてます」
「なるべく早く帰ってらしてね」
「はい、じゃあ行って来ます」
「行ってらっしゃい」
「いってらっしゃ〜い」
明子さんの声に佐為がハモって一緒に見送ってくれた。
何だかこれじゃあまるでオレと明子さんが夫婦みたいだ…。
いや、親子だ親子。
にしても…オレが早くにアキラを貰っちまったから、ずいぶん明子さんに寂しい思いさせてたんだな…。
一人娘だもんなぁ…。
じゃあこれからは遠慮なくどんどん預けよう。
いや、それでも多少は遠慮した方がいいのか…?
日本人は本音と建て前があるから区別が難しいぜ。
でも実際、子供が小さい時はなるべくたくさんの人と接させた方がいいって何かに書いてた。
その方が人格がより友好的になる可能性が高くなるとか何とか。
じゃあせめてアキラの本因坊戦が終わるまでは、明子さんと先生の好意に甘えちゃおっかな…―
CONTINUE!
ヒカル、アキラ抜きの塔矢家へ初お泊りです★