●FEMALE +●
街中がクリスマスに向けて彩られてきた頃、めでたく進藤家に長男が誕生した。
「はぁ…、ほんっと可愛いよな〜」
今日も手合いも仕事もない進藤は、ベビーベッドに寝かされている我が子を朝から見つめまくっていた。
「オレ似かなぁ?オマエ似かなぁ?」
「どっちだろうね」
嬉しそうに聞いてくる進藤を見て、思わずクスッと笑ってしまった。
正直生まれたばかりの子供は目も開いてないし、肌もまだ赤くてくしゃくしゃで、その上髪も薄くて「どちら似」とは断定しずらかった。
「オマエ似だったらすっげー美形になるよな〜」
「キミ似でも大歓迎だよ?すごく可愛い子になりそうだし」
「そうだな、どっち似でもいっか」
進藤が隣のベッドに座っていた僕をぎゅっと抱き締めてきた。
「…ごめんな。出産に立ち会えなくて―」
「もういいって。手合いだったんだから仕方ないよ」
「そうだけど…」
生まれたのはちょうど2日前の午後2時過ぎ。
進藤は手合いの真っ最中だった。
予定日前後はなるべく手合いも仕事も入れないように調節していたらしいんだけど、あの日は名人戦の挑戦権をかけた大切な一局だったのでどうしても休むことが出来なかった。
しかも相手は倉田7段。
そう簡単に白星を貰える相手でもなく、悪戦苦闘して持ち時間5時間をお互いすべて使い切るぐらい白熱した試合だったそうだ。
生まれたと連絡を受けてからももちろん抜けるわけにはいかず、終局して病院に急いで駆け付けた時には既に夜の8時を回ってしまっていた。
その間僕の両親が来たり、進藤のお母さんが来てくれたりしたので別に寂しくなどなかったんだけど…、進藤は立ち会うどころかすぐに来れなかったことをかなり気にしているみたいだ。
「僕は名人戦を蹴ってまで来て欲しくなかったから安心して…」
「……」
「今はたくさん一緒にいられるし…それで十分だよ」
「…そう…か?」
「うん、何よりキミの白星が一番のお祝いだしね」
「塔矢〜っ!ありがとうっ!大好きだぜっ!」
ますますキツく抱き締めてくる進藤の頭を撫でた。
「それより進藤、この子の名前どうする?」
「あ、そうだな。早いとこ決めて区役所に提出しなきゃ―」
「……やっぱり『アレ』でいく?男の子だし…」
「いいのか…?」
「うん…。キミはそうしたいんだろ?」
「………うん」
「じゃあ決定で」
「あぁ」
少し照れた顔で進藤は再びベビーベッドを覗きこんだ。
「……佐為。オマエの名前は佐為だぞ。いい名前だろ…?」
進藤が幸せそうに何度もそう言い聞かせる姿は――何だか微笑ましかった。
「…ついでにオレらの呼び名も改名しとこうか」
「え?」
「『え?』じゃねーよ。オレらっていつまで塔矢進藤なんだよ」
「……確かに」
もう結婚して3ヶ月近く経とうとしてるのに、まだ僕達は名字で呼び合っている。
「そりゃ仕事中は仕方ないけどさー、プライベートではそろそろ変えないとおかしいだろ」
「…そうだな」
進藤がまたじりじり僕の方に近寄って来た。
「アキラって呼んでいい?」
そう耳元で囁かれて顔が一気に真っ赤になった。
「……いいよ」
小声でそう答えると進藤の顔が一瞬ニヤけ、そしてすぐに真顔に戻ったかと思うと、次はタイトル戦並の真剣な顔をして僕の肩を両手でガシッと掴んできた。
「んじゃアキラ。オレのことは何て呼んでくれる?」
「…ヒカル?」
「ノーノーノー」
思いっきり頭を振られた。
「あ・な・た、って呼んでほしいな〜」
「い・や・だ」
「………何で?」
笑顔で拒否すると、進藤の顔はちょっと引きつってしまった。
「なぁ〜呼んでよ〜。オレそう呼ばれるの夢だったのにー」
「またそのうちね」
「そのうちっていつ〜?」
「キミが立派な夫になったら、だよ」
「もう立派な夫じゃねぇ?」
「まだまだ。タイトル1つは最低でも取って出直してきなさい」
「簡単に言うなよなー」
ちぇっと進藤が舌打ちした時、ドアを叩く音がした。
コンコン
「どうぞー?」
「進藤、邪魔するぜー」
ガラッと勢いよく病室の戸を開けて、顔を覗かせてきたのは和谷君達だった。
「和谷!伊角さん!来てくれたんだ!」
進藤が急いで二人の元に駆け寄って行った。
「おめでと、進藤」
「サンキュー」
「塔矢もおめでとう。大変だっただろ?」
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
伊角さんの優しい言葉に笑顔で返した。
「進藤コレ、オレと伊角さんからな」
「わー、サンキュー」
和谷君が進藤に渡したのはフルーツの詰め合わせだった。
……僕は病人か?
「本当は何かベビー用品がいいかなって思ったんだけど、オレも和谷もよく分からなくて…」
つーか、この年でそのコーナーに行くのはちょっと抵抗あるんだよ、と後ろで和谷君がぼやいていた。
「ははっ、いいっていいって何でも」
二人共すぐにベビーベッドを覗きだした。
「小っちゃ!伊角さん見てよ、指とかマジ豆つぶ」
「本当だ。可愛いなー」
「進藤、男の子なんだろ?」
「うん」
「名前はー?」
ギク…
進藤と思わず顔を見合わせてしまった。
この名前は確かに進藤にとっては特別な名前だ。
だがそれは僕を含めsaiを知っている他の棋士にとっても重要な名前であることには変わりなくて―
…でももう決定したことだ。
皆の反応をいちいち気にしていたらきりがない。
「まだ決めてないのか?」
「あ、ううん。決まってるよ。『佐為』にしたんだ」
「へぇー、サイ君かぁ……、って、えぇ?!」
和谷君も伊角さんも目を丸くして僕らの方に振り返った。
「サイ…サイってもしかして、あのsaiから取ったのか?!」
「うん…、良くねぇ?ネットの最強棋士の名前だぜ?」
ははは…と笑って誤魔化そうとしてる進藤の顔を、和谷君は怪訝そうな顔で見ている。
「進藤オマエ…saiとは関係ないって昔オレに言ったよな?」
「そうだったな…」
「やっぱり嘘だったんだ?」
「……」
黙っていることを肯定に取ったらしく、和谷君は大きな溜め息をついた。
「ま、いいけどさ。オマエが秘密主義なのは昔からだし…。それより奈瀬達がさ、オマエらのお祝いを盛大にする計画立ててたぜ」
「マジ?」
「場所がさ――…」
『オマエが秘密主義なのは昔からだし』
うん…確かに和谷君の言う通り、進藤にはどこか謎めいた所が今でもある。
saiについては未だに話してくれない…。
『いつか話すかもしれない』
…いつかっていつなんだろう。
夫婦になった今でもまだダメなのかな?
隠し事をするようじゃ『立派な夫』にはほど遠いな。
キミが話してくれたら…僕もキミのことを『あなた』って呼ぶことにするよ――
―END―
以上、ヒカルの強行計画話・FEMALシリーズの続きでしたー。
今回は出産シーンを飛ばし、既に生まれている所からスタート(笑)
最近アキラの女の子話を考えるのが好きなんですが、前はどんなの書いてたっけ…と読み返しまして、
「うわー…なんだこの展開は…」
と呆れるのと同時に
「ちょっと続き書きたいかも…」
と不覚にも思ってしまい、気がついたらまた携帯をピコピコ動かしてました。
い、いかがだったでしょう??
にしても和谷と伊角さんはフルーツ持参で来ましたよ〜(笑)
アキラの突っ込み通りお見舞いじゃないんですから!お祝いなのに!
えーと、基本的に子育て日記にするつもりはないです。
あくまでヒカルとアキラの夫婦の愛を深める話、で(笑)
それでは続きへGO☆
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
2nd FEMALE +